mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

旅行の最終日 - 時間との戦い

書くこと(書きたいこと)は山ほどあるのだけれど、まあ時間がない。何しろ冬休みを長く取ったので、その分仕事がたまっているのだ。とりあえず慌しかった旅行最終日(米国時間6日)のようすを記録しておこう。

今回の旅行は、元々ロサンゼルス(というかアナハイム)中心で他に立ち寄るつもりはなかった。だからロサンゼルス(LAX)直行便(シンガポール航空)を予約したのだ。しかし、妻の提案で「息子にサンフランシスコのケーブルカーを見せるため」、最後の数日をサンフランシスコで過ごすことにした。このため、追加で LAX←→SFO(サンフランシスコ空港)間のフライトを予約した。最初からそのつもりだったら米国系の航空会社で成田(NRT)→LAX→SFO→NRT という経路にしたところだ。

この追加のために、最終日は「乗り継ぎ便(transfer)」ではなく、乗り継がなければならないことになった。SQ012便の LAX 出発時刻は 13:05で、ただの乗り継ぎなら最初の空港で荷物をチェックインすればよいのだが、今回は LAX でいったん荷物を引き取ってから、もう一度チェックインする必要がある。少し余裕を持ちたいので3時間ほど余裕を見て 8:44 SFO 発の United 便を予約した。もっと余裕を持たせるためには8:00発になるところだが、これだとサンフランシスコ市内を5時台に出ないといけなくなりそうだった。実際、7時前にホテルを出発して荷物をチェックインできたのはギリギリ(出発45分前)だった。

United 航空での米国内線では、預け荷物の制限が1個あたり50ポンド(約23kg)に制限されていた。以前は国際線と同じ32kgだったと思うが、変更されたのだろう。一つの荷物が制限を越えていたので割増料金(50ドル)を支払うことになった。もちろん運んでくれないよりはマシである(が、あらかじめ分かっていたらカバンを分けていただろう)。預け荷物のチェックインがギリギリになったこともあり、セキュリティチェックを通った後、すぐ搭乗することになった。朝食を食べている余裕がほとんどなかった。

LAX に到着後、預け荷物を引き取り、シンガポール航空のチェックインカウンターに向かった。ターミナルが違うので移動には空港内のシャトルバス(ルートA)を使うのだが、このバスがなかなか来ないのにはイライラさせられた。そして、出発まで2時間を切ったところで、なんとかチェックイン・・・と思ったときに、預け荷物をひとつ受け取り忘れていることに気付いた。持ってきたカバンに入りきらない荷物のために、直前にカバンを買い増したのだが、それを忘れていたのだ。

もう一度 United の荷物受取所まで戻らなければならない。慌てて United のターミナルまで戻ろうとしたが前述のシャトルバスはなかなか来ないので、タクシーを使った。空港で乗るタクシーには最低$15+チップの支払いが必要だそうで、結局20ドル札:-Oを渡してターミナル間を移動してもらった(結果的に、これは正解だった)。すでに片隅に追いやられていた荷物群から、取り忘れたカバンを見つけて、今度はシャトルバスで引き返した。多少の余裕はあったはずなのに、ふたたびギリギリでのチェックインとなった。かなり空腹だったが、おかげで昼食をとる時間もほとんどなかった。ゲート近くの店で、サンドイッチなどを購入(息子はうどんを食べた)。搭乗したのは、出発ギリギリだった。

まあ、しかし、無事に搭乗できて一安心した。実は、LAX → SFO のときには預け荷物のチェックイン時間に遅れてしまい、ひとつ遅い便に変更されたからだ(おかげで、Economy Plus という余裕のある席に座ることはできたのだが)。もし、SFO で乗り遅れていたら日本への帰国便にも乗り損ねていたことだろう。

帰国便では『The Guardian』(邦題『守護神』)という映画を見た(日本で未公開とは知らなかった)。駄作ではないと思うが、「直子の脚本」っぽい感じはする。妻と息子は、今回の旅行中にすっかりはまってしまった「スポンジボブ」などを見ていた。

NRT では着陸する飛行機が混んでいるということで到着したのは7時ごろだった。空港で夕食をとり、自宅に帰ったのは10時過ぎだった。ただし、時間が遅くなったおかげで自宅近くの駅まで成田エクスプレスで帰ることができたのは幸いだった。

翌日(1/8)は、おみやげを開けながら息子と自宅で遊んでいた。今日になっても、まだ、足が疲れている。

posted on 2007年1月10日 1:08 投稿者 mohno

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