「著作権がイノベーションを阻害する」への指摘
池田氏のエントリ「
著作権がイノベーションを阻害する」の何が雑であるのか、具体的に書いておこうと思う(オルタナティブに書くのをやめたのは、単なるエントリ批判に過ぎないからだ)。なお、MYUTA のようなサービスを禁止すべきであるとか、法律が完全なものだ、などという
主張はしていないので、主張していないことに反論されても困る。(どっちにしろ、ここではアカウント取らないとコメントできないのだけれど)
最初の段落は、前ふりだから個人的意見としては問題ないと思う。だが、2段落目の
工芸品や宝石などにも「名匠」とよばれる人がいるが、彼らの芸術的価値は著作権で守られない。
については、コメントでも指摘されているとおり、著作権で守られるものがある。もっとも、本人でなければオリジナルを作りようがないというのは「
もしもピカソが父だったら(著作権保護期間延長の弊害とは)」で指摘したとおりであり、著作権で守らなくても同じだけの「芸術的価値」を作り出すことが難しいことに変わりはないので軽く流しておく。次の段落、
対価を払って買った商品(私有財産)を複製しようが改造しようが自由だというのが近代社会の原則
そんな“自由”が近代社会の原則という根拠がわからないのだが(近代が、いつ頃を指しているのだろう)、そもそも私有財産になるのは商品の物理的な存在(CDそのもの)であって、そこに
記録された著作物までが対象になるわけではない。たとえば、池田氏の著書を購入したからと言って、それをスキャンしたものを「自分の財産」だと言って
scribd に登録してよいということにはならない。もちろん、池田氏が許諾すれば可能なことだが、それは著作権者の許諾を受けたから可能なのであり、著作物を利用する権利が購入者の財産権になるわけではない。それに、そんな行為を池田氏が許諾するとも思えない。
次の段落で「着うた」の収入を守ろうとしているという点、二重課金がアーティストのインセンティブを高めないであろうという指摘には反対しない。しかし、
P2Pの場合でさえ、コピーによる宣伝効果のほうが大きいという調査結果もある。
というのは看過できない。これは、このエントリを誰に向けて書いたのかを物語っている。もし、権利者側に意見を聞いてもらいたいのであれば、まともな「調査結果」へのリンクを張るところだと思うが、そうなっていない(だから質問した)。回答をいただいたのはありがたいが、それは "
Did Napster Take Radiohead's New Album to Number 1?" という古い記事(2000年10月28日付)に過ぎなかった。これを調査結果とすることがいかに
ばかげているかは、その後、全米レコード協会(RIAA)が旧 napster を提訴し、旧 napster が消滅したことからも明らかである。池田氏は、後ろで日本経済が被る機会損失などと書いているのだが、この調査結果は、
アメリカですら受け入れられたものではないのだ。JASRAC が受け入れるはずがないし、池田氏が、これを JASRAC が受け入れるべき調査結果だと考えているかどうかすら疑わしい。つまり、このエントリは権利者側に向けられたのではなく、利用者側の自己満足だけを意図しているのである。さらに次の段落でも誤認は続く。
この判決によって、インターネット上で情報を共有するサービスは、ほとんどの類型が違法となる。
前エントリで「1愛読者」氏が判決文を読むようアドバイスしているにも関わらず、勝手に解釈している(今なお訂正されていない)。
専門家で、このような主張をしている人は一人もいない。前エントリでは、冒頭で「私は法律の専門家ではないので」にも関わらず、どうしてこのような断定形で書くのか。これでは、GIGAZINE と同じレベルで煽っているだけである。本来脅す必要のないサービスまで脅してどうするのだろう。さらに次の段落。
日本にGoogleもYouTubeも出てこない最大の原因の一つが、こうした世界一厳重な著作権のリスクにある。
池田氏の決定的な誤認がここにある。著作権に対する
権利意識は、アメリカの方がはるかに強い。権利侵害で訴訟される確率は、アメリカの方が高い。たとえば、
EFF(Electronic Frontier Foundation)によれば、
RIAA は
昨年6月までに2万人のユーザーを訴えたそうである。人口比を考えても、日本でこれに匹敵する訴訟が起きているとは思えない。訴訟相手は、ユーザーだけではない、前述のとおり旧 napster も訴えられたし、Kazaa だって
身元開示訴訟に負けた。「
RIAA 訴訟の脅威は違法ファイル交換の抑制に効果」などという
調査結果ニュースさえある。日本にしかない
レンタルレコード(CD)は、著作権意識が弱いからこそ認められたようなもの(
末尾の※2007.6.6追記参照)ではないのだろうか。さらに次の段落。
JASRACの数百億円の利益を守るために、日本経済がこうむっている機会損失はきわめて大きい。Googleの時価総額だけでも17兆円、日本の音楽業界の売り上げの32倍である。
もはや論理がむちゃくちゃである。前述のとおり、RIAA も利益を守ろうとしているのだし、Google の時価総額が「RIAA の利益を守らないこと」で成り立っているわけではない。JASRAC の利益をあきらめたら日本に時価総額17兆円のサービスができあがるというのだろうか。そもそも、(当たり前だが)Google も YouTube も、著作権を保護しなくてよいとは主張していない。YouTube は、DMCA で免責されると主張しているだけだ。
日本に起業家が少ないのは IT 分野に限った話ではないのだが、それでも日本ではソフトバンク/孫正義氏の膨大な投資により、安価なブロードバンドインフラが構築された。
池田氏は、FON についても推進派のようだが、利用規約を無視してユーザーの帯域のシェアを認めたら、ソフトバンクは今後も期待した利益を得ることができるだろうか。そのような考え方が新たな投資意欲をかきたてるだろうか。そして次の段落。
許諾権を廃止して、報酬請求権のみとする
この考え方には反対しない。しかし、「
「包括ライセンス」は“強制”できるのか」に書いたとおり、いったん認められた著作財産権を“強制的に”制限することは憲法29条によって実現不能である。それこそ時価総額の高い会社を作るために著作権者は我慢せよなどという意見を発したら、誰も耳を貸さないだろう。JASRAC に楽曲を登録するのと同じように、権利者側が自らの意思で「許諾権を廃止して、報酬請求権のみとする」ことを選択してもらわなければならない。JASRAC に登録せず、許諾権を放棄せずに個人レベルで音楽活動を続けることができるのと同じ理屈である。少なくとも、そうした法改正が憲法違反で訴えられないようにするには、
大多数の著作権者にとって、この選択が利益を増加させることを提示しなければならない。そこに、Radiohead のニュースを持ち出しても洟もひっかけられないだろう。
最後の段落は、知的財産戦略本部の意見を紹介しているだけだから問題は感じない。もっとも、許諾云々という話は、インターネット配信が放送とみなされないためのものだから、条件が限定されたネットによるオンデマンド配信を「放送」とみなすような改変はできないものかと思う。
それにしても、こんなに雑な論理展開を「完全・完璧な正論」と評する人がいる。キーボードを叩きながら
寝言を言うな。ネット上でのコンテンツのあり方やビジネスには、もっと自由度を認めて欲しいと思うけれど、この程度の論理展開が喜ばれている状況からは、あまり明るい未来は見えてこない。
※2007.6.5追記。お答えをいただいたようなので、追記しておく。
> 調査結果
Jupiter は調査会社なので「調査結果」として認められる。しかし、前述のとおり、2000年の調査がいま有効なものなのだろうか・・・などと思って読み進むと、どうも「P2P の宣伝効果」について言及されているように見えない(どういうこと?)。いずれにせよ、本文で指摘したとおり、“利用者側”にとって都合のよいデータを出すだけなら、エントリが利用者どうしで喜び合うものにしかならない。権利者側に訴えかけたいのであれば、(P2P ではないが)YouTube/CBS 程度の話、つまりメディア側が効果を認めたというものであるべきだ。
> 「ほとんどの類型が違法となる」理由
池田氏が、なぜ、専門家の見解を上回ってそんなことを断言できるのか。厳密にいえば「“類型”が違法になる」という表現は間違いではないが(というか当たり前)、その「類型」に「普通のサーバ業者」を入れてしまうのはなぜか(カラオケ法理で(1)著作物管理の主体性(2)利益追及が条件になっていると wikipedia に書かれている)。また、「専門家の見解」に従えば、むしろ「普通のサーバ業者」は委縮すべきでない、というべきではないのか。また、「ファイルローグ」や「録画ネット」が敗訴したにもかかわらず、類型である MYUTA が委縮せずに登場したのではないのか。そして、裁判官は「負の効果」に配慮して現行法(解釈)をあてはめよというのは、禁酒法について裁判官に文句をつけるのと同じではないのか?
> 世界一厳重な著作権
本文でもコメントでも「送信可能化権」という言葉は出てきていないので、そんな指摘をされても困る。しかし、日本ではレンタルCDが許されていたり、借りたCDをコピーすることも私的複製に含まれたりするので「世界一厳重」という指摘には疑問が残る。そもそも、この段落に書かれている「インターネット経由の情報共有を全般的に違法」についていえば、許諾がなければ「共有」が違法であることは日本に限った話ではない。
※2007.6.5追記。
2007-06-05 17:34:40 のコメントに対して。
またもや「議論のすりかえ」である。私は「Winny によって CD の売り上げが減っている」とは
主張していない。エントリ本文に書かれている「
P2Pの場合でさえ、コピーによる宣伝効果のほうが大きいという調査結果」を尋ねているのだが、「日本語を正確に使え」という人が、なぜしつこく
他の話に振り替えようとするのか理解に苦しむ。
当たり前だが、専門家の「権威が好き」なわけではなく、そこには理由が論理的に説明されている(例、
ナガブロ、
KSTK*1)から信用するのであって、今回の判決の「影響」に対する池田氏の早合点な説明は、これとは程遠いものだ。当初「
副作用が大きすぎる」と評した栗原氏ですら、「
「ストレージ・サービスはすべて違法」みたいな書き方をしているのはどこか別の場所のお話し」と断じている。慰安婦問題における論理的な説明はどこへ行ってしまったのか。少なくとも池田氏が専門家の見解に反対するのであれば、もっと緻密な論拠を示すべきだろう。
*1 そもそもこの方々は実名ではないので「権威」で信用しているわけではない。しかし、実名で書かれている
小倉弁護士、
町村弁護士、
奥村弁護士、
落合弁護士のブログでも、(判決の当否を別にして)「普通のサーバ業者」に影響を及ぼすという指摘はない(影響を及ぼすと見るべきではないという指摘はある)。
そして、
制度改正のとき「大多数の著作権者にとって、この選択が利益を増加させることを提示しなければならない」と思い込んでいる
という点について、そうしない場合に憲法29条違反にならないという根拠が示されていない。
※2007.6.6追記。この表現について、わざわざ小倉弁護士に「
著作権意識が強いからこその貸しレコード業」というエントリで、丁寧な説明つきで指摘をいただいたので、少し補足しておく。
ここでは、文脈から推定できるとおり「著作権者側の権利意識」を意図して書いている。小倉弁護士は、たとえば「
「カラオケ法理」は必要悪だったのか」というエントリで、日本の「カラオケ法理」が米国の「代位責任」などに比べて、段違いに厳しいという指摘をされていることなどから、日本の著作権が厳重であるとお考えかもしれないが、上記にコメントしたとおり、米国で認められていない(らしい)「借りた物を複製」「複製して転売」といったことも日本では私的複製の範囲として認められている(らしい)。逆に、米国では著作物の保護期間も長期化されているのであり、何でもかんでも日本だけが特別に厳重であるとまでは断定できないと考える。そもそも著作物の取扱いはベルヌ条約やら
WPPT やら
WCT といった国際条約で大筋は共通化されているのだから、「日本だけが異常にがんじがらめ」のような表現は不適切ではないかというのが、この指摘の本意である。
たとえば、「
“あるべき論”ではビジネスを動かせない」に書いたとおり、iTunes で躍進する Apple の第4四半期(7月~9月)における音楽関連製品&サービスは世界全体で4.91億ドル(約590億円)であるのに対し、同時期の日本における音楽配信市場は136億円である。ほとんどは「着うた」などの携帯向け音楽配信サービスによるものであるのだが、このように日本で先行しているサービス(ビジネス)もある。上に書いたとおり、もともと許諾なく著作物をネット上で「共有」することを認める国はほとんどないが、許諾を受けたサービスまで禁止されているわけではない。許諾があれば「著作権のリスク」など心配せずに新たなサービスを開始できるので、この意味でも池田氏の指摘は不適切と考える。
※2007.6.6追記。はてなブックマークで「フェアユースを知らないのでは?」という指摘があったので追記します。
フェアユースは当然知っているわけですが、「これ」という明確な基準はありません。たとえば、
wikipedia によれば米国著作権法では、そもそも私的複製が明文化されておらずフェアユースでカバーされているそうです。それによれば、βマックスの件が訴訟になったのもこのためのようです。よく知られているとおり、テレビ番組の録画は「タイムシフト」(時間をずらした視聴を可能にすること)として決着したわけですが、これはつまり「複製」することが認められたわけではないという見方もできます。また、先にコメントしたとおり「借りたものを複製」「複製して転売」といったことは「フェア」と認められない恐れがあるわけです(私は、これはリーズナブルな判断だと考えています)。逆に、日本では色々な条件を明文化しているわけですが、「私的使用が目的なら、使用者が複製できる」と規定されているので「テレビ番組の複製」や「借りたものの複製」は合法(←文化庁見解)という判断になっているのだと思います。
「カラオケ法理」と「代位責任」ではカラオケ法理の方が厳しいようですが、逆の判断ということもあるので、「フェアユースがあるから米国の方が条件が緩い」ということは言えないと考えています。専門家に楯突こうと考えているのではないので、認識不足などあれば
遠慮なくご指摘ください。
追記において「です・ます」「だ・である」が不統一ですが、“気分”以外の理由はありません。ご了承ください。
※更新のたびにトラックバックが送られる(らしい)のは、このシステム上の問題なので、気にしないでください。