mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

そろそろネット規制についてひとこと言っておくか

というか、一言どころか、さんざんコメントを書いてきたわけだけど、ここらでちょっとまとめておこうかと思ったら、大屋雄裕氏が2つもエントリを上げていて(「不在届け(1)不在届け(2)」)、書くことがなくなったよ(挨拶)←ボカッ

気を取り直して(意味不明)、とある「意見書」を見ると、「何を以て青尐年の健全育成とするか……国が一律に定めることは困難」とあって、「国が一律」ということを繰り返し否定しているのだけど、その理屈はおかしいよ。「何を以て芸術とするか(猥褻とするか)」でも同じことをあてはめられるが、それでも刑法第百七十五条があって、「わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者」を罪に問われる。罪に問われる基準というかガイドラインは時代によって変わってきているかもしれないが、「わいせつなものを陳列したら罪に問う」ことは国が決めている。憲法に定められた「表現の自由」は無制限に認められているものではない

また、長野県を除く都道府県では青少年保護育成条例が施行されている(長野県でも長野市などにはある)。小倉弁護士が書くとおり「未成年者の判断力が一般に成人のそれに劣る」から、大人とは異なる基準が必要なのだ。現に、刑法第百七十六条(強制わいせつ)は、脅迫がなくても十三歳未満相手なら罪になるのは、若者の判断力が十三歳以上とは違うためだし、そもそも刑法第四十一条で十四歳未満を罰しないとしているのも、罪に問える判断力が身についている年齢とはみなされていないためだ。

もちろん、「表現の自由」に対する懸念もわからなくはない。ネット規制を調べる過程で、廃案になった「青少年健全育成基本法」(wikipedia)のことを知った(←今知るなよ、という話はあるだろうが)。ここでも表現の自由が問題になったようだが、提出を諦めてしまったわけではない。ついでに、やはり表現の自由が問題になってアメリカで憲法違反と判断された通信品位法(Communications Decency Act)についても紹介されている。ただ、これは1996年の話であり、それに続くものがなかったわけではない。(wikipedia によれば)1998年には児童オンラインプライバシー保護法(The Children's Online Privacy Protection Act、COPA)が成立したが、やはり2003年に違憲判決を受けた(というだけで終わっていないようだが)。一方、2000年に成立した児童インターネット保護法(Children's Internet Protection Act、***)は異論はあるものの合法と認められているようだ。規制派、規制反対派の対立はあるんだろうが、守るべきは判断力の身についていない若者のために闘っている人はいる。「通信品位法は廃案になったんだ、バンザーイ」で終わっちゃいかんよ。

規制のあり方としては、国主導(法律)でも、民間主導(自主規制)でも、選択肢になるだろうと思う。たとえば、テレビゲームなどは青少年条例にも規定はなさそうだが、業界で自主規制する仕組みがある(CERO など)。これはこれで基準にバラつきがあるという問題はあるようだが、「一律は不適切」と思うなら、むしろ参考になるだろう。だが、ゲームで自主規制が成り立つのは、ゲーム供給側の数が限られているからだともいえる。携帯電話だって、キャリアは数社しかないのだから、自主規制も成立するかもしれない。だが、同じことがパソコンのネット利用でも成立するだろうか。徹底するなら ISP に規制の責任を負わせることになるだろうけれど、いくらなんでも、それは無理。誰でもコンテンツやサービスを供給できるのがネットのメリットなのだが、当然、自主規制に参加しない業者が出てくることは容易に想像できるわけで、結局無法地帯になってしまうのではないかと思う。

まあ、「自主規制で十分だ」といえるほどの成果が上げられるものかどうか見届けてみるくらいの猶予期間は与えてよいかもしれない。いまや、Windows Vista にも Lepard にもペアレンタルロックの仕組みを持っているから、ホワイトリストを構築するような活動と、ペアレンタルロックとを連動させて、「安全なサイト」の範囲を広げることはできるかもしれない。掲示板だってブログのコメント欄だって、普通は管理者が処理するだろう。それに自主規制する場合だって、結局は「規制」することに変わりはない。「国がやるのは信用ならん」って言っている人は、民間のことをそんなに信用しているのかな、と思う。

それと「表現の自由」という点で言えば、むしろ未成年向けの規制を取り入れるほうがよいのではないかと思ったりもする。映画だって(アダルトに限らず)レイティングが導入されていて、たとえば「R指定」をつけることで安心して暴力的な表現を使えるという面はあるだろう。映画にレイティングがなく、お子様を含め誰もが映画を見に来るのだとしたら、彼らのことを考えた表現者は、かえって気を遣うことになる(というか自主的に規制するような告知をする)ことになるんじゃないだろうか。

今のところ、息子(8歳)にパソコンを触らせることはあっても、自由に使わせたりはしていない。たぶん、自分でネット検索するくらいのことはできるだろうが、何にぶち当たるかわからないから、やらないように言っている。使わせる場合でも、なんらかのフィルタリングソフトは必須だと思っている(最低限、Windows Vista のペアレンタルロックは使うだろう)。

※追記。大屋氏は、MiAU をして「知的・論理的にではなく人民の数で武装しますという選択肢」と評しているようだ。“MiAU の中の人”にも、相手が数の論理でやってくるから、こっちも数の論理で闘わないといけなかったのだ、と聞いたことはあるわけだが、相手は理論武装した上で数の論理を持ち込むのに対し、MiAU は理論武装がぜんぜんできてない。そりゃケースバイケースではあるのだけど、ワイドショーがいくら騒いで煽られた人がたくさん出てきたって「力」になるわけじゃない、というか、なっちゃ困る。(橋下弁護士の懲戒請求とかね)

posted on 2008年4月22日 2:47 投稿者 mohno

# もうひとこと言っておくか ~ ネット規制の技術的課題 @ 2008年4月22日 22:56

昨日のエントリに補足。というか、長々と書いた割には、自主規制どまりかよ、という結論になってしまった。これって結局は「親任せ」じゃんか。フィルタリングソフトとかペアレンタルロックとか、親が対策を施さなければ、有害図書の自動販売機と変わらない。バカ親から子供を守る法はないのか?...

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