世間の反感をかう客商売は存在しないか
栗原氏の「
著作権管理に競争原理は働かないのか?」について「まあ、現実にそれをやって信託先がコロコロ変わることが多発したら利用者の混乱は必至でしょうけれど。(安価なところでさんざん使わせておいて、突然高額なところに移転しちゃうとか)」と
コメントしたところ、
作曲家・作詞家も「客商売」なのでそんなことをしてわざわざ世間の反感を買う人はいないでしょう。そんなことを言うんだったら、今のJASRACの仕組みでも、ある日突然公衆送信権の信託を引き上げて「これからポリリズムを配信したい人は1曲1配信1万円でオレと直接契約しろ」というのは原理的には可能ですが、中田ヤスタカがそんなことをしたらどうしようと心配してる人はいないでしょう。
と指名でお返事をいただいたので、補足しておきます(いやだから、まあ100字は短いわけですが)。ふたたび、「です・ます調」。
これを否定しがたい事例として、すぐに思いつくものに、いわゆる
アルファ商法(別名 YMO 商法)があります。あるいは、(著作権ではないですが)LZW アルゴリズム特許に引きずられた GIF。
世間やアーティストの反感をどれだけかおうと、「今ある資産を極力活用して収益を最大化する」っていう商売が存在しないわけではありません。GIF のように、あまりに極端なやり方は受け入れられず失敗する可能性も高いのですが、アルファ商法はそうでもないようです(繰り返しやってますから)。
もちろん、現状で楽曲の著作権管理システムで、そういうことをされるケースは、まず考えられません。しかし、今回の栗原氏のエントリは「
作品を半分ずつ別の団体に信託して、よい方を選ぼう」というご提案のはず(※)。比較するほどの差が出たなら、すべての作品をひとつの団体に信託する(
信託先を変える)ということは想定済みの話なのではないでしょうか。
共通データベースがあれば、そうした切り替えもさほど苦にならないはず、という主旨であると受け取りましたが。
※今、気がつきましたが「その曲の最も安い許諾の方法を教えてくれる」と書かれているということは、“同じ曲”を同時に複数の団体に信託するということを想定されているのでしょうか。著作者が、わざわざ同一作品について安値競争させるということは、あまり現実的でない想定です。とりあえず、ランダムに(公平に)作品を半分ずつ信託する、くらいで考えます。
そして、著作者が信託先を決める判断基準が、「利用に関して融通が利かず、料金も高め、業務の効率も悪くピンハネ額も大きい」けれど「徴収カバー率が高く、
支払い絶対額の多い方」になることは十分予想できます。著作者が期待するものは、普通
「手取りの割合」ではなく「手取りの絶対額」だからです。ユーザーからみれば、将来にわたって買い取り契約を結ぶ形ならばよいでしょうが、包括契約でもなく、個別作品に対する支払いが逐次に発生する形も想定するのであれば、信託先が切り替えられた途端、(
共通 API によって、システムとしては稼働を続けられるものの)支払額が増えるケースが出てくることは、とくべつ不思議なこととは感じません。
ちなみに、リンク先の末廣恒夫氏は、管理団体の競争は「徴収額を競わせることになる」ということをユーザーにとってのマイナス面として指摘されています。地方のカラオケ屋がちゃんと対価を支払っているかどうかを確認するなんてのは、まさに対価の徴収力に直結する活動でしょう。そして、JASRAC もまた反感をかうことを恐れていないのではないでしょうか。
なお、私は、末廣氏が指摘する「著作物に代替がない」という点については同意しません。今回の問題は放送局との包括契約ですが、むしろ JRC や e-license のような新興管理団体の管理楽曲に対して、JASRAC が代替となりうる膨大な楽曲をかかえているからこそ、わざわざ新興団体に手を出さずにすみ、それによって JASRAC の対価徴収力が衰えることもなく、結果として新興団体の利用が進まないという状況なのではないかと考えています。