その情熱はどこに向かっているのか
知的財産権研究会のシンポジウムにおける中山信弘氏の講演について、池田氏のメモ書き引用はいかにも心もとない。だって、
著作権法が300年前にできたとか(※追記あり)、
中山氏が著作権法を初めて全部読んだとか、にわかに信じがたい話が書いてあるんだから。後者はコメント欄で“関連する政省令や逐条解釈や判例などをすべて”と補足されているけど、それだとすると本文中の「昔建てた温泉旅館に建て増しを重ねたようなもの」という話につながらない。
wikipedia によれば、日本の著作権法(旧法)が制定されたのは1899年。100年ちょっと前だ。ちなみにベルヌ条約が締結されたのは1886年である。日本の著作権法を全面改正した新法が制定されたのは1970年だから、こちらは40年足らず前のことだ。そして、たしかに建て増しを重ねるように改正が続けられてきた。でも、このことは「頑固に条文を守り続けてきた」んじゃなくて、むしろ「実情に合わせて改正が続けられてきた」ということを意味するんじゃないだろうか。それと、中山氏が「古いベルヌ」にこだわって WIPO 条約にふれない理由がいまだにわからない。ちなみに、アメリカ合衆国憲法は1788年に制定されて以来、本文はいっさい変更されていないからね(修正条項が追加されるだけ)。世の中は随分変わっていると思うけど。
まあ、シンポジウムについては
Business Law Journal で事後レポートが掲載されるそうだから、とりあえず、ここにある
事前インタビューを読んでみる。
以下、何度も書いていることを繰り返してしまうんだけど、まずはここ。
インターネットを使った新しいビジネスがどんどん生まれつつあるのに、著作権法を形式的に解釈する限り、それらのビジネスは著作権侵害にあたってしまう可能性がかなり高く、財産法である著作権法が実際にはビジネスを規制する作用を果たしている状況です。
著作権法を形式的に解釈したら、許諾のある複製は侵害にあたらないんじゃないかなあ。いつも「検索エンジン(キャッシュサーバー)」の話が出てくるんだけど、インターネット上に公開したもので検索エンジンに取り込まれたくなければ robots.txt を置くといった“ごく一般的な手法”があるわけで、それが置いてないなら黙示の許諾がある、と解せば侵害してないと考えられると思うんだが。
その検索エンジンにしても、(何度も書いているけれど)日本にサーバーを置いている例はあるし、そうでなくたって海外にサーバーを置けば日本の著作権法を回避できるっていうんなら、たいした問題じゃないってことでしょ。
新しいビジネスを始めるために海外のサーバーを使うなんて、いまどきどこが障害になるんだか。ここは、釣りかと思うほどの突っ込みどころだと思うのだが、なぜ誰も突っ込まないんだろうね。そんなに権威が好きか。まあ、そもそも海外のサーバーを使うことで回避できるという話そのものに疑問を感じるけどね。国策としての検索エンジンがグレーゾーンじゃやれない、って話を拡大解釈しすぎてるだけなんじゃないかね。
さらに、「録画したテレビ番組を転送するような配信サービス」の話を取り上げて、「日本では危険だからアメリカに行きなさい」なんてアドバイスするなんてのも、ちゃんちゃらおかしい。どう考えても、
日本のテレビ局より、アメリカのテレビ局の方が、著作権のビジネス利用はうるさいと思う。現に、テレビ番組のリモートストレージはアメリカでも訴えられた上に敗訴している。逆を考えてみよう。
アメリカのテレビ番組を日本(他国)で見たいと思う人のために、アメリカでリモートビデオサービスを始めるとする。これを、アメリカのテレビ局が黙って見過ごしてくれるだろうか。実際、そこそこ需要はあると思うんだけど、弁護士もいっぱいいて、裁判を厭わない、権利意識の“しっかりしている”アメリカのメディア企業をなめてはいけない。
ところで、
フェアユースに関しては、(当然かもしれないが)概ね正しいことを言っていると思う。肝心なところは、
フェアかどうかの判断をまず自分がリスクを負うことで新規ビジネスに投資ができる
とあるとおり、リスクは負うのである。決して、フェアユースは、リスクを解放してくれるものではない。ベータマックス訴訟を見てみよう。ソニーのサイトに、この
経緯が書かれているのだが、地裁で勝訴したものの、高裁では敗訴している。最高裁で、かろうじて5対4で勝ったのだが、ここまでに8年もかかっている。しかも、5人の判事のうち1人が反対にまわっていたら、負けていたのである。アメリカでビデオデッキを売るビジネスは、こういう高いリスクを負っていたのだ。私的複製が明文で規定されている日本では、なんのリスクもなかったのに、である。
日本では、違法にアップロードしたものもダウンロードは私的複製だとか、借りてコピーして返すのも私的複製だということになっているけれど(だからレンタルCDはやっていけるのだろうが)、フェアユースが導入されたら、そういう行為もリスクを負うことになる可能性だってあるのだ。だって、これ「フェア」な感じがまるでしない。
そして
著作権保護については、
契約あるいは法制度によって権利を1箇所に集中化させることで流通を促進し、利用してもらうことでその利益を還元するシステムを作ることが重要
と書かれたりしているわけだが、「契約」で集中化することは、著作権法変えなくてもできることだ。というより、そこに利益を還元する仕組みがあるなら、制作者は集まるんじゃないだろうか。YouTube では個人クリエイターが何人もいると聞いているんだけど。でも、全員がそれに従えってのは、それこそ変でしょ。
著作権が守られないおかげで死にそうだ、と苦しんでいる制作者もいるわけだけど、彼らの声を聴くつもりがあるんだろうかね。
もちろん、検索エンジンのキャッシュサーバーについて明文規定を設けることも含め、実情に合わせて著作権法を改正する、ことには大いに賛成なのだが、私には、中山氏の情熱はあさっての方向を向いているような気がしてならない。
※追記。300年前って話は、
これかな。すっかり忘れていた。