主におごちゃん用(長文)
※すぐに返事できなくてすみません(だって、
中央線が……しくしく;_;)
おごちゃんの
新たなエントリと
前のエントリには多少のギャップを感じたりもするわけだが、結局のところ、私は新しいエントリにも同意しない。「言っても無駄」とまで言われてしまったが、とりあえず理由を書いておく。
まず、違法コピーが以前に比べてカジュアルになりすぎている、という面について、私の意見は違う。本題とずれるが、たとえば、ソフトウェアについては、20年くらい前の方が違法コピーがはびこっていたと感じている。一番の理由は、当時はソフトウェアの価格が高かったということだろうが、商用ソフトウェアが組織ぐるみで違法コピーされるなんてことは珍しくなかった。違法コピーの問題が啓蒙され、ソフトウェアが安くなり、また必要なものがプリインストールされるようになったこともあるだろうが、カジュアルな違法コピーはずっと減っているだろう。
動画共有サイトには、たくさんのテレビ番組が無許可で投稿されているとのことだが、
ビデオリサーチインタラクティブの調査では、昨年の訪問者数は2400万人(月あたりでは1200万人)程度であり、しかも平均滞在時間は12月の1か月で2時間半程度である。一方、直近のテレビ視聴の傾向は激変しているかもしれないが、NHK による「平成19年11月全国個人視聴率調査の結果」(
PDF)によれば、テレビの平均視聴時間は1日あたり3時間53分となっている。動画共有サイトが Web としては膨大な訪問者を獲得しているのも、高齢者が平均値を上げているのもたしかだが、動画共有サイトの利用状況はテレビとは比較にならない。
これとは別に、Winny についてもネットエージェントの
ノード数調査があるが、最新の情報では、30万ノードくらいになっている。これは同時接続数であって、ユーザー数はもっと多いだろうし、Share などは含まれていないが、それでもパソコン人口から比べるとかなり少ない(無視できる数字とまでは言わない)。要するに、日本の人口全体と比較してみれば、ネット上の違法なコンテンツの恩恵を“誰もが”を受けているとは言えないのが現状であり、今でも「一部の不心得者」で片付けられてしまう程度のものなのだ。
さらに言えばコンテンツが売れなくなったとか、コンテンツ業界が“瀕死”の状態だというのも、業界側の過度な喧伝によるものだと考えている。たとえば音楽について、JASRAC や RIAJ の数字を調べると、たしかに10年くらい前の方が売上げは多い(経済バブルの後くらい)。しかし、この時代こそが音楽バブルであり、その前に比べればたいして売り上げが落ち込んでいるとまではいえない。このところは新譜の種類も増えているし、携帯向けの音楽配信は急成長しており、CD のような物理ソフトを補っている(日本に限った話だが)。
もっとも、売れるものと売れないものの差が激しくなっている感じはする。ロングテールの需要掘り起こしといっても、生活できる程度に売れなければやっていけないだそうし、以前ならどんぶり勘定で手が出せたようなキワモノでも、費用対効果が厳しく見られる今日では手が出しにくいということはあるだろう。たとえば、インディーズのように零細なアーティストには、厳しい時代になっているということまでは否定できない。
また、テレビだって今なお何兆円もの売上げを誇っている。昨今、サラ金やらパチンコのCMを受け入れ始めたのは、必ずしもバブルな状況ではないことを示しているが、それでもネット上で見られる怪しげな情報商材の広告より、ずっと審査基準は厳しいだろう。逆にいえば、テレビはCMの審査基準を下げることで、まだまだ収益を増やす余地はある。
※“世間”は、簡単には許してくれないかもしれないが、現にケーブルTVチャンネルあたりでは、地上波に出なさそうなCMが出ているし、そのときにはネット規制問題で「表現の自由」を声高に叫んでいた人々が支援してくれるに違いない。
映画だって、映画館の入場者数が大きく減っているわけでもない。逆に、以前よりも膨大な資金を投入したものが何本も作られている。もっとも、膨大な資金を投入するのが当たり前になっていて、ハイリスクな時代になっているかもしれないが。
ここで一応、質問してみる。おごちゃんは、「現在、そこらじゅうにある違法アップロードのおかげで、皆がカジュアルにコンテンツを吟味する機会が増えたため、現在、市場で売れているものは宣伝の良しあしに関係なく、本当に良いものだけになってきた」と考えているのだろうか。
ついでに言えば、私の考えが「強い組織」に属しているから生じたものだという“推測”も間違っている。5年前までは、ずっと小規模な会社にいたのだし、ストールマンの行動は称賛しても、「GNU 宣言」に反対しているのは20年前から変わらない。たしかに、学生時代には「既得権の破壊」なんて
いっていた(恥ずかしい)時代もあったが、信条は当時からそれほど変わっていない。
#コンテンツの質低下は妄想云々という話もあるけど今回は触れない。
そして、この部分。
「アーティストが注目されるチャンス」のために、「いらない」ものまで買えと言うの?
言わない。しかし、「見て判断する」「聴いて判断する」「読んで判断する」というために、違法コピーを容認すべきとは思わない。ソフトウェアでは、20年以上前に「使ってみて判断してもらう」というシェアウェアという形態が登場した。今でもシェアウェアは存在するが、無料の間は機能制限がある、というものがほとんどだ。おごちゃんが「よいと思ったら、皆がお金を払ってくれるというのはファンタジー」と書いていたとおり、「コンテンツ全体を無条件に評価対象にしてしまう」というのは、コンテンツ制作側にとって極めてリスクが高い。もっとも、音楽については「繰り返し聴く」のがデフォルトだから、ストリーミングなどで「全体を評価対象にする」意味はあるし、実際、海外ではフルコーラス聴けるというケースも多い。だが、持ち運び可能な楽曲ファイルまで「評価」対象と考えるのはやりすぎだ。
当然だが、作者の意思で公開しているものまでやめろとは言わない。むしろ逆で、そんなに「お金を払う前に評価」したいのであれば、そういう形式で公開されているものを積極的に探し出すべきなのではないか。先の質問に「YES」という答えが返ってこない前提で続けるが、現状で違法に流通しているものの傾向は、合法に流通しているものと変わらないのではないか、と私は考えている。違法コンテンツが良質のものだけを残すフィルタになっているなどというのは、ただの妄想なのではないか。低質のものが“うまい宣伝”で売りつけられている、などというのであれば、むしろ「事前に見せない」ものより、「事前に見せてくれる」ものを探すべきなのではないか(というか、自分でやれ、と私などは思うわけだが)。
また、前述の通り、私は、ネット上の違法コピーは、コンテンツビジネス全体には深刻な影響はないと思っているが、一方、ネット上のコンテンツビジネスには深刻に影響するとも思っている。最初からネットでコンテンツを探す人にとっては、そうした違法コンテンツは魅力だろう。たとえば、連続もののアニメの場合、1話だけは無料にして、続きは有料にするというパターンがある。この場合、最初の1話で判断してはいけないだろうか。残りの話もすべて見ないと、ほんとうにお金を払いたいものかどうか判断できないだろうか。あるいは、動画共有サイトで検索すれば無料で見られるコンテンツを、有料動画配信サービスを使って見ようとするだろうか。そんなに「はずれを引く」のが嫌なら、最初から手を出すな、合法に公開されているものを一生懸命探せ、と思う。
ちなみに、おごちゃんが、欲しいCDは買うという人であることを疑ってはいない。私も、DRM 付の音楽配信を利用する気にはならないので、ラジオ代わりに napster を利用しているものの、気に入ったものは CD で買っている。ただ、「誰か一人の行動が全員を代表する証拠になる」とは思っていないのである。
と、まあ、私の
エントリも長くなるわけだ・・・。