著作権侵害と民事と刑事
heatwave さんの「
P2Pファイル共有による著作権侵害で米国初の刑事摘発を受けEliteTorrentsを振り返る」というエントリに、はてブで「日本でも懲罰的賠償金を導入して、民事にまかせるってのはあるんじゃないかと思います」と
コメントしたところ、「
日本じゃ違法ファイル共有ユーザに対する民事での追及ってほとんどないよね」というエントリを書いてくださった。はてブで短くコメントしにくいので、返信エントリを書いてみる。ちなみに専門家でも何でもないので、あらかじめご了承のほど。(「です・ます調」にするか、迷ったけれど、とりあえず「だ・である」調で書く)
まずは、最後の疑問から。
現在では、違法P2Pファイル共有ユーザに対する追跡というと、その大半が刑事事件として扱われるんだけど、なぜ民事での追及を行わないのだろう、という疑問がないわけではない。
“理由を知っている”わけではないけれど、匿名P2Pの場合、警察の力を借りなければ、そもそも“犯人”を特定しにくいという問題はあるだろう。そもそも著作権侵害していたら何でも警察が取り上げてくれるというわけではない。「また京都府警か」と揶揄されるように、東京の案件ですら京都府警で取り上げられているということは、裏を返せば、そんじゃそこらの警察で著作権侵害を取り扱ってくれないということだろう。警察は、できれば民事で解決してほしいと思っているわけだ。
また、容易に想像できるのは民事で争うためのコストの高さだ。著作権侵害に対して、著作権者が刑事告訴するために必要なことは警察に証拠を持ち込んで被害届を出す程度だが、民事の場合には自分で弁護士を雇って、判決が下るか和解するまで裁判を続けなければならない。以前、heatwave さんが紹介していた「
RIAA、未だP2P訴訟の和解金をアーティストに支払わず:アーティスト側は訴訟も辞さない構え」という記事の本文は、
和解金から数億ドルもの訴訟費用が差し引かれた後では、アーティストに渡される金額はほとんど残されていないだろうと述べられている。
と締めくくられており、小倉弁護士もはてブで「米国だと,この種の訴訟ではタイムチャージが一般的だとは思いますし,日本と違って,大量のスタッフをつぎ込むので,金額は天文学的数字にのぼるのは普通だと思います。」と
コメントされている。賠償金が高額になりがちな米国ですら(米国は弁護士費用も高額になりがちだけど)、このような状況なのである。
「訴訟費用は負けた方が払うのではないか」という意見もあるだろうが、そう甘くはない。見出しの著作物性が争われた「
YOL/ライントピックス事件」では、著作物性は否定されたものの保護すべき利益が認められた(つまり権利者である YOL が勝訴した)にも関わらず、「いきなり裁判しなくたってよかったんじゃないの」(←意訳)という理由から、敗訴したライントピックスに課せられた訴訟費用の分担は1万分の5(0.05%)である。YOL には苦い勝利だったに違いない。
訴訟費用を全額払ってもらえるような全面的勝訴の可能性が高いとしても、裁判中にかかる費用は自分で負担し続けなければならない。懲罰的賠償金制度がない日本では、間違って(部分的にでも)敗訴することになれば、簡単に赤字になってしまう可能性がある。大企業ならともかく、中小あるいは個人の著作権者にとっては高いハードルなのだ(逆にいえば、いったん大企業が個人を民事で訴えることになれば、個人が受けて立つのも大変なのだけれど)。だから、被害者は刑事に訴えようとする。ダウンロード違法化の問題も「安上がりに被害を防ぎたい」という思惑があるように思う。
著作権侵害なんて、たいていは許諾のない複製による著作財産権の侵害であり、被害といってもオリジナルの著作物がなくなるわけでもなく、要するに「お金で解決できる問題」ではある。営利目的の悪質なものを除けば、刑事罰を科して“前科者”にする必要はないだろうから、民事で解決せよという意見はあるだろう。ただ、その場合、懲罰的賠償金制度を持ち込まないと、権利者側はもはや「賠償のため」というより「正義のため(つまり、赤字になっても)」訴訟を起こさざるを得ないことになり、負担が大きくなりすぎる。(そうでなくたって、著作権侵害を訴える組織に向けられる目は決してやさしくない)
懲罰的賠償金が日本になじまないというのは、そのとおりで、その道を進むということは、いわば訴訟社会に向かっていくということにもなるだろう。法曹増員問題を解決することにはなるのかもしれないが、私自身は、刑事責任を否定する考え方に諸手をあげて賛成というわけでは決してない。ただ、そのような選択肢を検討してみることは重要かもしれないと考えた次第。
※追記。なんとなく「権利者は金をかけずに公権力を使って既得権を守ろうとしている」という(ネガティブな)印象を与えている気がしないでもないので、少し補足する。
「民事で争わずに刑事にまかせる」ということは、つまり受けた被害に対する賠償はあきらめる(ただし、将来の被害は食い止めたい)ということだ。しかも、(証拠を持ちこんで)警察に取り上げて刑事で起訴された話がニュースになるってことは、むしろ、それが珍しい(ニュースバリューのある)話だからだろう。一部の「既得権の鬼」みたいな(私から見れば的外れな)批判的な声はともかくも、自分の権利を保護したいと思うのは当然のことだと思うので、訴訟社会ではない日本において権利者が刑事に頼ることをことさら批判するつもりはない。
ところで、Winny/金子氏の場合、刑事で“関与”が認定されたら(刑事責任はさほど重くなくても)、民事で相当の賠償金を請求される気がしていたのだが、そのような動きはないようだ(もう時効?)。
※2008.7.7追記。はてブで「負けた方が払う「訴訟費用」にそもそも弁護士費用が入っていない…」という
指摘をいただいた。
ひゃー。wikipedia の「
訴訟費用」を見ても、たしかに弁護士費用が入っていない。考えてみれば入れるわけにはいかないんだろうけれど、そこまで考えていませんでした。申し訳ない。そりゃ、一番コストのかかるであろう弁護士費用が負担されないのであれば(かつ懲罰的賠償金が科せられないのであれば)ほんとうに「正義のために戦う」くらいしか目的がないことになりそうだ。