mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

ネガコメ問題とネガティブ・エントリ問題

楠正憲氏(あえて敬称をつける)から、わざわざご指名で「ネガコメ系ブクマー」と認定されたのでエントリを起こしておく(※)。もう、今日はエントリ書かずに寝ようと思っていたんだけどね。
ネガコメで思慮浅く罵ってくる連中って言葉尻を捉えて自分の思い込みを押し付けてくるだけ
たしかに私のはてブはネガコメ(ネガティブ・コメント)は多いかもしれないが、ネガコメしかしていないわけじゃない。でも、ポジティブコメントが多ければよいという問題とも思っていない。ネガコメが問題なら、ネガエン(ネガティブ・エントリ)はどうだろう。権利者が悪いだの、どこそこの組織が悪いだの、法律が悪いだの、誰それという裁判官が悪いだの、JASRAC が悪いだの、老害は去れだの、山のようなネガティブ・エントリを毎日見かけるんだが、それは問題ではないのだろうか。

楠氏のひとつ前のエントリにつけたはてブについていえば、
「notice and takedown」<寝言。“検索広告”に出るものは検索会社の「審査」を通っている。リンク先の「広告ネズミ講」は別の話でしょ。審査基準が甘ければ儲かる、という話はある。→ http://tinyurl.com/6pzdco
というものだ。たまたま、これは一例となるのだが、新たにエントリを起こさずに、リンク先に参照すべきエントリを提示しているものもある(この場合は、自分が書いたエントリだ)。たしかに、私自身「100字は短い」というタグをつけることがあるくらい、100字で表現できることは限られているわけだけど、個別にエントリを起こさずとも言えることはある。

このエントリとコメントについて補足するなら、本来、「notice & takedown」で運営者が保護されるというのは、ユーザーが問題のある投稿をした場合の責任を回避させるためであって、運営者自身の判断を保護しようなんてものではない。リンク先の読売新聞の記事は検索連動広告の話ではないようだし、この件から「検索連動広告」に話を持っていくというのは、そもそも筋違いの話だ。最後のまとめの一文もこう書かれているが、
これから不景気になって、ますますお下品な広告が増えるんだろうけれど、遠からず襟を正す必要が出てくるよね。
これだと、現在は来る者は拒まずで受け入れていて、そのレベルがどんどん下がっていくかのような書き方に見える。notice & takedown なんて書いているのも、全部受入れているという認識を持っていて、今後は襟を正して受け入れを拒否しなければならない時がくる、と言っているように見えるのだが、そうではないのだろうか(そう見えない人いますか?) 実際には、検索広告というのは審査基準があって何でも広告を出せるわけではもちろんない(審査がなかったら、あらゆる場所にアダルト広告が出まくるよ)。現在掲載されている広告は各検索会社の審査を通っているものであって、広告に問題があるなら、それは運営者の判断に問題があるということだ。notice & takedown とは何の関係もない。あるいは、これは言葉尻であるのかね? 「notice & takedown」を“寝言”と書いたことに反論したいなら、どうぞ。だが、私から見れば、思慮浅く(広告に対する)ネガティブエントリを書いているように見える。

まあ、ネガティブであっても、エントリを書くことは、それはそれで表現の自由ではあるんだが、影響力が大きそうなブログでネガティブエントリが書かれ続けているのは私は問題だと思っている。また、私にとっての「はてブ」はショートブログであり、これもまた表現なのである。さらに言えば、「はてブ」でネガコメが付きまくっているときには、追加で同調することはあまりない。「別の見方」を示せないなら、それをする理由はあまりないからね(もちろんブックマークという目的はある)。だから、私の場合、コメントのないブックマークは、ほとんどない。そうそう、ネガティブエントリに対するモデレーションシステムを導入してみる気はあるかい?

ところで、このブログの左側にも「お薦めサイト」というリンクがあり、これらのエントリでネガティブなコメントをすることはほとんどない。ときどき私とは主張が違う人もいるが、首尾一貫しているし、安易なネガティブエントリもない。ちなみに、一時、小倉弁護士のブログにもリンクを張っていたことがあったのだが、「二枚舌」を自認された時点で外した。

※アップロード前に、もう一度見たら“指名”部分は消したようだね。せっかく書いたので、一般論として投稿しておくよ。

posted on 2008年7月6日 1:29 投稿者 mohno

# 批判的批判と建設的批判の彼岸 @ 2008年7月6日 14:05

結局のところ何のために書くか、状況にコミットしようという姿勢を見せるかということじゃね。一方的に決めつけたり否定する、議論に勝ちに行こうとするんじゃなくて、対話の余地をどう残していくか、対話の過程で不明瞭なところをどう炙り出していくか、譲り合えそうな落と

雑種路線でいこう

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