notice & takedown は事後通告を前提とした概念
という
指摘を受けて、“概念”ってなんだろうね、と思ったりするわけで、だって "notice & takedown" という表現を事前通告(←何じゃそれ)だと思っている人は一人もいないわけで、先のエントリについて読んだ上で、まだ理解されていないのかどうなのかはっきりしない今日この頃ではあるのだが、このコメントでリンクされていた「
Notice Notice and Takedown」(原文ママ)というエントリが、また何だが怪しげな指摘をしていたりするものなので、取り上げてみる(←もっと句点入れろよ)。
このエントリの指摘を要約すると米国著作権法(DMCA)では、プロバイダが著作権侵害の通知があったら無条件で削除すれば何の責任も問われないのに対し、日本のプロバイダ責任制限法では通知を受けたときに正しい通知かどうかを判断せねばならず、間違って削除すると違法または不法行為となる(だから日本のプロバイダ責任限定法は問題だ)というものである。
米国著作権法の該当箇所は、「
第512条 オンライン素材に関する責任の制限」の「(g) 除去されまたは利用不能にされた素材の復活およびその他の責任の制限」にある。
(1) 削除の原則的無責任
第(2)項を条件として、サービス・プロバイダは、素材または行為が侵害にあたると最終的に判断されるか否かにかかわらず、侵害にあたると主張される素材もしくは行為へのアクセスを善意誠実に解除しもしくはこれを除去したことに基づく請求、または侵害行為が明白となる事実もしくは状況に基づく請求に関して、何人に対しても責任を負わない。
これがこの主張の根拠であろう。ところで、冒頭にある「第(2)項」とは、どんな条件なのだろうか。「(2) 例外」を見ると、(当然のことながら)もともと素材(material)を投稿した人に連絡する必要があり、反対通知((3)に記載)によって削除またはアクセス禁止した素材を復活させる必要がある。何のことはない、ただちに削除/アクセス禁止してもよいが、復活できるようにはしておかないといけないわけだ。
一方の日本のプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律、
PDF)の第3条2項1号では、
当該特定電気通信役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき。
とあり、この文面通りに解釈するなら、信じるに足りる相当の理由さえあれば著作物のアクセスを防止しても賠償は求められない。ついでに第3条2項2号によれば、
投稿者に確認をとって7日以内に同意しないという連絡がなければ、そのまま削除できる。復活の義務はない。どこぞの動画投稿サービスで、「連絡してきたのが本当に本人かどうかわからない」ことを理由になかなか削除してくれなかったという話もあるけれど、それはむしろコンテンツを削除したくないための(当時の)方便なのであって、疑問があっても投稿者に確認すれば済む話だから、それほどプロバイダが「判断の誤り」を恐れる必要はない。
要するに、このエントリもまた不確実な情報に基づいたネガティブ・エントリのように見えるわけだ。検索して見つけたのかどうか知らないが、こんなものに安易にリンクしてるってことは、notice & takedown の概念どころか、プロバイダ責任限定法を読んだことがないんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。
ここで、典型的なネガティブエントリのパターンを挙げてみよう。
- 米国の法律やサービスは新しく素晴らしいが、日本の古臭く劣っている(拝米思想)
- 日本の企業や政府は、新しいビジネスモデルに消極的だ
- 既得権を保護しようとする動きは、すべて否定すべきだ
- 企業や権利団体は、個人をないがしろにしている
- 政府は国民のことを考えていない、公務員はお金を無駄遣いしている
- 企業は権利保護ばかり考えていて、新しいビジネスモデルを考慮しない
正直、この手のエントリを見かけると、どうしても疑ってかかってしまう。実際、調べてみると、たいていの行為や決まりには、それなりの理由があるものだ。もちろん、こうした指摘には、もっともな理由が挙げられているものもあるし、これに該当するものの、すべてに反対しているというわけでもない。
ネガティブ(←そのように意識していなくても)エントリを書く人は、参照すべき、とても
ためになるエントリがある。とくに、このエントリの冒頭にある「
君が理不尽とおもうことには他にも理由がある。憤る前に背景や経緯を調べてみよう」というのは、実に重要な示唆である。DMCA とプロバイダ責任限定法の違いも、勝手に推測するなら、アクセスを復活させる仕組みを義務化するかどうかという違いがあるのかもしれない。その可能性を考えると、日本の条文が必ずしも理不尽だとは言えない。少なくとも、このように対抗言論を想定した上で反論すべきなのであって、「燃え上がれ」だの「思慮浅く罵ってくる」といったヒステリックな対応というのは、全く感心しない。