mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

2008年6月25日 - 投稿

茶髪・金髪に偏見を持たれるのはなぜか
あらかじめお断りしておくと、私は、ファッショナブルでないどころか、まったく外見に無頓着な人間である。いや、むしろデブキモヲタと言われても反論できできない容姿である上に、自分で服を買おうものなら「なんで、そんなものを選ぶかねぇ」と言われてしまうくらいだ。だから、以下に書いてあることは、その点で私と正反対である妻の受け売りになっている面がある。あしからず。さて、おごちゃんにつっかかることを生業としているわけではないのだが(←ボカッ)、「茶髪・金髪はどうにもなりませんな」について考えてみると。元ネタは、『美味しんぼ』で知られる雁屋哲氏のエントリ「茶髪・金髪は何とかなりませんか」で、要約すると「日本人には茶髪・金髪が似合わないからやめろ」という話であり、おごちゃんはこれに反論しているわけだ。雁屋氏の中にいくらか電波が飛んでいる気もしないではないが、しかし、(多少善意で受け取って)「似合わない髪形はやめろ」ということであれば、これは正論である。おごちゃんは、そのエントリで茶髪にしたことで「外見を気にする」ようになったと書いているが、「外見を気にする」のであれば、髪型や服装が“自分に似合うかどうか”を気にするべきであろう。たとえば、日本人の瞳はたいてい黒いが、西洋人の目の色はさまざまである。そして、彼らは幼い頃から、自分の目の色に合う服装(色)を教え込まれると聞く。“外見を気にする”ので、必ずしも「好きな色」ではなく「似合う色」を選ぶのだ。妻も髪を染めているが、自分に似合う色を探すのにあちこちの薬局を探し歩いていた(田舎だから大きい薬局がないせいもあるけど)。また、年齢に応じて似合う色が変わってくるので、それも考えているのだという。服装もしかり。海外の通販で買うことが多いのだが、そのときにも、髪の色、帽子の色、服の色、上着の色など、それぞれコーディネートを考えている。それでこその“ファッション”である。日本人の茶髪は増えたかもしれないが、妻に言われて人ごみを見回してみると、かなり「モノトーン」な光景がそこにある。たしかに、白黒の服装は無難だけれど、ファッションとしての主張に乏しい。おごちゃんによれば、どうやら似合ってないらしいことをファッションコーディネータに指摘されたのでわかってはいるけれど、得られたものは大きいそうだが、似合っていないのに続けているというのは、典型的な“ファッション”への無理解を露呈している。そりゃ「表現の自由」という意味では、どんな格好をしようと個人の好きにすればいい。いいんだが、ファッションと呼びたいのであれば、まず似合うかどうかを考えるべきなのだ。そうしてはじめて「西洋人」に肩を並べられるのだ。それを考えずに、体制への反発とか、グレている記号だとか、偏見への挑戦だとか、おかしなメッセージをもって茶髪にするから、茶髪に偏見を持たれてしまうのだ。茶髪にする人が皆、「この髪の色が自分に似合うから」というようになってはじめて、そのような偏見から解放されるだろう 続きを読む

投稿日時 2008年6月25日 3:03 投稿者 mohno : 0 コメント

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