mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

2008年6月9日 - 投稿

「死ねばいいのに」
いまさらだけどエントリを書いておこうと思う。私は、はてブに限らず「死ねばいいのに」という表現を好ましいとは思っていない。正直、理由もなしにそのコメントを付けたところで、「何がそう言わしめたのか」がわからないし、他の(というか私の)コメントが埋もれさせるだけなので、やめてほしいと思う。しかし、自身の主張に向けられた「死ねばいいのに」という表現について、いわゆる弱い者いじめで使われる表現と同一視しようとしたり、あるいは「死ね」と言われて苦悩する人々や本当に自殺してしまった人を例にとっているのを見ると、不謹慎というか、違和感を覚える。どこが違うのか?はっきりいって明確にできなかった。違いはないのかもしれない。友達同士で「死ね」という表現があったとしても、それが仲の良い間柄で、一方がへまをした時に発せられたのであれば、「スマン」の一言で笑い流せるかもしれない。しかし、いじめで「死ね」と言われる場合でも、言っている方は、そもそもイジメだとすら思っていない可能性があるわけで、発言した方が一方的に判断できるものでもない。この件を、ことさら大きく取り上げる池田信夫氏について言えば、はてブで「バカ」というタグをつけることを問題だとする一方で、自分のブログではさんざん個人名を挙げて馬鹿と呼んで、しかも「論評の範囲」だと主張している。まあ、「ドロボー」と呼ぶことも自由な表現の範囲であり、名誉毀損にあたらないという最高裁判例があるから、「馬鹿と呼ぶのは論評の範囲」がおかしいとは言えないだろうが、それが自分に向けられた場合に問題視するというのは、それこそバカっぽくないだろうか。多少の違いを見出すとすると、池田氏は実名で素性を明かしているのに対し、はてブにはハンドル名(実質的に匿名)である人が多いという点だろうか。(あくまで仮定の話として)池田氏が誰かに向って「こんな奴はいなくなるべき」と主張し、その人が自ら命を絶つ形で“いなくなった”としたら、池田氏は自身の発言について振り返ざるをえないだろう。一方、匿名で同じような発言をした人は「スルー」してしまうことができる。実名のように責任をとれる形であれば、過激な表現も「自由裁量の範囲」と言えるかもしれない。ちなみに、「死ねばいいのに」は、日本語として直接受けとめる場合でも「他人の死を望むメッセージ」であって「殺害の示唆」に当たるとは言えない。「死ね」という表現だって同じだろう。高木浩光氏も「馬鹿は死ねと言いたい」程度の表現は使っているわけだが、日本語で「~したい」という表現は「~していない」という状況をあらわすわけで、(実質的に言っているようなものだとしても)そうは言っていないというのが論理的な理解であろう。あまり、強引に「殺害の示唆」に結びつけない方がよいんじゃないだろうか。そうでなければ池田氏自身が「天羽優子は死ねという主張は成立するんじゃないかな」という“例文”を取り上げていることも怪しくなる。あるいは「バカは死ななきゃ治らない」という表現もある。はてブの「死ねばいいのに」は、たいていこの程度の意味なんだと思うが。まあ、その池田氏は、荒木圭典氏の件など、間違った論拠で間抜けと呼び、表現を変えたら訂正するといいつつ、変えた後も放置したまま間抜け呼ばわりして開き直っているし、その事実誤認に基づいて天羽氏にメールを出して非難しているわけで、これほど正々堂々と卑怯な人も珍しい。私から見たら、「死ねばいいのに」タグで揶揄するより、よっぽど酷い。固定ハンドルすら否定する小倉秀夫氏は「実名だから、この程度で済んでいる」なんて擁護しているわけだけど、固定ハンドルで池田氏ほど卑怯な論理を振り回す人は、そうそう見かけない。小倉氏は池田氏よりもひどい固定ハンドルに思い当たる例があるなら、具体的に指摘してほしいと思う 続きを読む

投稿日時 2008年6月9日 2:19 投稿者 mohno : 0 コメント

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