mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

あまり恐れることはない(けれど)

小倉弁護士が google ブック検索の和解について「何も畏れることはない」というエントリを書かれている。
和解した上で,検索データベースからの作品の削除を申し出ればいいだけであって,何も危機感を覚える必要はないのではないかという気がします。
原則としては、このとおりであろう。以前にも書いたが、和解に残留すれば自分の作品については版権レジストリで仔細を管理でき、一切の使用を禁じることさえできる。それ自体が和解残留の“エサ”になっている気がしないでもないのだが、それは脇に置いておこう。

繰り返し書いているとおり、和解の問題は、そもそも版権レジストリ(私は“方式”だと思うのだが)を知らない著作者が大勢存在するであろうこと、しかもほとんどの作品が(amazon.jp で買えるのに)「絶版」とみなされていて実態にそぐわないため、「版権レジストリを知らない著作者の作品が意図しない形で使われる」ことにある(他の懸念もあるが)。だから、自分自身のために和解を離脱してまで独自に交渉するというのは疑問である。著作者全体や出版界に対する悪影響を考えて、たとえ困難な戦いでも立ち上がろう、ということであれば、わからないでもないのだが。

ただ、「何も問題がない」とまでは言えない。小倉氏が実際に試されているかどうかはわからないのだが、データベースはすべての書籍を網羅しているわけではなく、検索機能ですべての該当書籍を見つけられるかどうかはわからない。書名・著者名がどんな形で入力されているかわからないからだ。たとえば、小倉氏が共著となっている『ネットショップ開業法律ガイド』の書籍名は『Netto shoppu kaigyō hōritsu gaido』である。とくに見つけたわけではないがスペルミスがないとも限らない。また、データベースは更新され続けている。今見つからなかったからといって、明日登録されないわけではない。知らぬ間に絶版書籍として登録されてしまったら(通知が来るわけではない)、知らぬ間に意図せぬ使われ方がされるかもしれない。こうした事態を避けるには、自分の関連してきた書籍情報をすべて自ら登録して、除外指定する必要があるのだが、著者って自分がこれまでに出版した書籍データをきちんと管理しているものなのだろうか。

まあ、その場合でも気が付いたら、データを直せばよいのだから、深刻な問題になるということはないだろう。だから、少なくとも「なし崩し的に商業利用される恐れ」はないか、あったとしても限定的ではある。著作者が版権レジストリに気づいていれば、ではあるが。また、すでに指摘しているとおり、版権レジストリが誰からもアクセスできる状態にあるという問題も懸念につながるとは思う。

ところで、
日本の慣行に即したルールづくり」って,同種のサービスが日本で行われていない以上どこにいったら「日本の慣行」とはなんぞやがわかるというのか,訳がわかりません。
とはいうものの、電子出版って、それこそ出版権と独立した権利許諾なのだとしても、普通は印刷物と同じ出版社に対して許諾を与えているのではないだろうか。文章を校正し、レイアウトして、表紙デザインを考え、ときには宣伝までして、出版契約時の部数に対する印税をくれる出版社を差し置いて、電子出版は別物だからと、発売早々書籍をスキャンして別会社から電子出版する、それを妨げるのは出版社の搾取だ、などと主張したりしないという程度の「日本の慣行」はあるのではないだろうか。たとえば、hon.jp をみれば、日本でも、それなりに電子出版されている書籍はあるわけで、“ブック検索”と別物とはいえ「同種のサービスが日本で行われていない」とまでいうようなことではないと思う。

これも書いたことだが、印刷での出版と電子出版の権利が別個のものという現状だからといって、今「著者の意向にまかせます」と言っている出版社が、この和解が日本にやってきたときに「何の権利はありませんから」と同じように言い続けるのかどうか。私は、そんな風にはならず、むしろ「著作権法上は何らの排他的権利をも有しない」こと自体が問題なのだ(版面権くらいよこせー)、といった形で出版社の権利拡大につながっていくのではないかと予想するのだけれど。

posted on 2009年5月2日 22:44 投稿者 mohno

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