mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

その指摘は、どれほど具体的か?

今日、otsune さんが興味深い「つぶやき」をブックマークしているのに気付いた。
「大人はみんな嘘つきだ!」と子供が言ったら、他の誰かが「じゃあどこが嘘つきなのか言ってみろよ」と求める。それに答えることが出来なかった子供は自分自身が偏見という大きなフィルターでモノを話しているのではないかと思い至る。少なくとも自分はそうやって生きてきた。
我が意を得たり、と思った。以下、タイトルに反して、あまり具体的なことが書けない面もあるのだけど、つらつらと書いてみる。

はじめて、社会人としてソフトベンダーに就職したとき、テクニカルサポートを担当した。扱っているのはコンパイラで、技術的なコミュニケーションをとる仕事は好きで希望して就いた仕事だったけれど、ときどき怒って電話してくる人がいる。「ちゃんと動かないじゃないか」

ちゃんと動かない、にはもちろん理由があるわけだが、それが製品のせいであることは実は少ない。そもそも当時のサポートは無料が当たり前で、そんなに問題のある製品を売っていたら、コストがかかってしかたがない。まあ、今でもバグの受付が有料のところは、あまりないと思うけれど。たとえば、C コンパイラの場合、たいていはプログラムが間違っているものだし、当時は ANSI C のような規格が制定されていた時期だが、その規格を勘違いしていた人もいた。「他社のコンパイラでは動いた」は理由として不十分だ。規格上、「動作は定義されていない(undefined behavior)」というものもある。そこまで調べていない人には、「動作が決まっていないのが仕様です」と答えるだけだ。

もちろん、本物のバグが報告されることもあるが、それでも対処不能なものは少なかった。何しろ自社で使っているものなのだから、製品を発売しているときにはすでに自社製品で実績を積んでいた、といってもよいものだった。そして、ごくたまに、ではあるが、プログラムが動かないことにいらついて「お前んとこの製品はバグだらけで使い物にならない」と頭ごなしに文句を言ってくる人がいた。

実のところ、それが事実なのであれば、(サポートとしては)ありがたいものだ。「バグだらけ」というからには、1つ2つのバグということではないはずで、それほどのまともなバグレポートを開発陣に知らせることができれば品質を上げることができるし、ぶっちゃけ報告者としても(社内的に)名が売れる。でも、現実には、それが事実であることはなかった。たいてい自分が遭遇したトラブルの腹いせで電話してくるだけで、そのトラブルの原因が製品のバグであることすら少なかった。まあ、コンパイラというのは、えてしてそういうものではあるけれど。

断っておくと、製品にバグなんてほとんどないんだ、とは言わない。製品をリリースするまでに行われるテストで、発見されたバグには「直さなければ出荷停止」から「将来のバージョンで対応を検討」というような優先度をつけて記録され、中には本当に直らない(直さない)ものもある。実際、出荷が近づくほど優先度の低いバグの修正は見送られる。修正することで、より深刻なバグが生じたら取り返しがつかないからだ。製品出荷時に残っているバグは、あまり深刻ではないか(限られた人にとって深刻であっても、多数には影響が少ないものも含む)、対処方法があるといったものだ。まあ、日本語固有の問題が不適切に軽視されていたケースもあったけれど。

さらに断っておくと、調べるべき仕様を調べた上で実に的確なバグを報告してくれる人はもちろんいた。実に緻密な情報とともに、どうやっても言い逃れできないような指摘してくるような人だ。そういうケースでは、まったく言い逃れのしようがなく、ただ謝るしかない。もっとも、そのような場合、相手も熟練した技術者であることが多く、頭ごなしに怒ってくることはなかった。

バグ報告する際には、本当に自分側に間違いがないかどうか色々調べるものだ。大声で“バグだ!”と言っても、「そういう仕様です」と言い返されたらおしまいだから、ドキュメントなり、規格書なりを調べて、明らかにおかしいことを指摘する(そうやって調べているうちに、実は自分の間違いであることに気づくことも多い)。そこまでせずに“バグだ!”という人は、結局、そんなに確固たる根拠を持たずに話していることがすぐに露呈してしまう。数年のサポートの経験上で言うと、ユーザーとして一番対応しづらかったのは、かくいう私だろうと思う。

余談だが、当時「製品のバグをちゃんと公開しろ」という声が、パソコン雑誌の識者の声として掲載されていた。他社も社内にバグ情報データベースを構築していたと思うが、そういうバグ情報は一般公開されるものではなかった。「きちんとバグを公開し、対処方法を示すほうが、ユーザーの利益になる」という論調だった。私は同意していたが、実際、そんなものを公開したら、品質に疑問を持たれるのではないか、大量のクレーム来るのではないかということが不安で実現はためらわれた。しかし、なんとか社内調整して、やってみることになった。さて、どうなったか。

予想通り、サポートにはクレームの電話が押し寄せてきた。「お前んとこの製品はバグだらけ」という根拠を自ら与えてしまったわけだから、ほんとうにそういう電話がやってきた。もちろんバグを公表したところで、製品の質が下がったわけではないから、「使い物にならない」わけではない。忘れられないケースは色々あるのだが、そのひとつに「デバッガのバグのおかげで、納品が遅れている」という報告がある。別に動かなくなるバグでもなければ、深刻なものではないのに、なぜ納品が遅れる理由になるのかやり取りをしているうち、アセンブラのルーチンの出来上がりが遅い、ということがわかった。デバッガは無実だ。どうやら、バグの公表をこれ幸いと、顧客に「開発ツールのバグのせいで納品が遅れている」という言い訳にしていたらしい。そこではじめて、製品へのネガティブインパクトを思い知った。たぶん、他にもそういう言い訳に使われたケースがあったのだろう(←これは予想)。やれやれ。

まあ、電話が増えるのは予想していたことだ。予想外だったのは雑誌がこれを支持してくれなかったことだ。甘かったと言えばそれまでだが、個々のユーザーからの反発を招いたとしても、バグを公開しろと言い続けてきた雑誌や識者からは称賛されると思っていた。でも、誰も何も言わなくなった(私がN氏を嫌いな理由のひとつだ)。もちろん、ユーザーの中には“勇気”を称えてくれる人はいたが、「そうすることが結局製品の宣伝になる」という期待ははかなく消えた。社内で「ほらみろ」と突き放されたわけでもないが(あったかも)、「やるなら、やり方を考えなければね」という話になったのは言うまでもない。

閑話休題。

話を戻そう。「社会が悪い」「教育が悪い」「政治が悪い」「親が悪い」「大人が悪い」「会社が悪い」「テレビのせい」「世の中のせい」・・・その責任者の中に当人はいない。“自分は悪くない”というために、そんな抽象的なものを悪者にすれば気が済むのだろうか。具体的に問題点を指摘せず、ただ「問題だ」というだけでは、改善の糸口すらつかめない。

(違法コンテンツの)ダウンロード違法化への反対を掲げて設立された MIAU という組織がある。その主要メンバーである津田大介氏が「「ダウンロード違法化」ほぼ決定 その背景と問題点」という記事を書いている。ダウンロード違法化についての経緯や、違法になる範囲を冷静に解説した記事だと思うが、興味深いことに「具体的な問題点」が何一つ書かれていない。それどころか、「あくまでネットの著作権侵害に対する萎縮効果を狙ったプロパガンダ的なものだと理解した方がいいだろう」とまで書いてある。あえて挙げるなら、「効果がなければ、より条件を厳しくされかねない」という点は具体的な指摘と言えるが、それは「今回」の問題ではない

かつて津田氏は「ダウンロード違法化詐欺が起きる」といったことを懸念として挙げていたが、「給付金詐欺が起きるから給付金はよくない」という理由がおかしいように、これは理由として挙げるようなものではない(この記事に、それを挙げていないのは良いことだ)。そんな理由しかあげられないようなら、むしろ「そのような間接的な問題しかないほど問題のないもの」と言える。

その一方で、小倉秀夫弁護士は、ダウンロード違法化について、高木浩光氏のコメントに返す形で「対案や妥協策の提示がなかった理由」というエントリを書き、次のように述べている。
JASRACやテレビ局に個々人の使用しているパソコンのハードディスクの内容を検証する権限を付与する「究極のプライバシー侵害」法である「ダウンロード違法化」について,どんな対案や妥協策を提示すべきだったというのか,はなはだ疑問です。
これは(津田氏の記事にない)具体的な指摘だと言えるが、現実的な指摘だろうか。そもそも、違法コンテンツのダウンロードは、アメリカでは違法だし、このダウンロード違法化はアメリカからの年次改革要望書が元だ(小倉氏は百も承知だろうけれど)。では、アメリカでは「究極のプライバシー侵害」が行われているのかと言うと、小倉氏によれば「米国では,ファイル共有者ではない,純粋なダウンローダーがどれだけディスカバリの憂き目にあわされているのですか?」ということだから、現実に憂き目に遭っている人がたいしていなければ問題ないということらしい。では、はたして日本では年間何人くらいの人が「憂き目」に遭うのだろうか。

※素朴な疑問として、たとえば私文書偽造罪(刑法159条)は、「行使」しなくても「行使の目的で偽造」するだけで罪に問われるようだ。小倉氏によれば、この法律も「個人の生活にズケズケと入ってこられる余地のあるもの」と言うことになるのだろうか。

また、小倉氏は「ファイル共有者対策なら,新法は不要だったのです」とも書いているが、Winny にしろ、Share にしろ、技術的なことはともかく、「ダウンロードしかしていない」、つまり、誰かがアップしてくれたものをダウンロードしているだけで、自分は積極的にアップロードしていない、と認識している人は多いのではないだろうか(←これは予想)。「私的ダウンロードは合法」という認識でいる人に対してまで、積極的に「見せしめ」に摘発するということを行いにくいのではないか。また、問題視されている主要な侵害のひとつは「違法着うた」で、これはユーザー側からは「ダウンロード」しかしない。

映画 DVD によっては、設定を英語にすると、"Downloading pirated films is stealing and a crime"(海賊版映画のダウンロードは窃盗で、犯罪です)というようなビデオが流れることがある。日本では、こういう啓蒙活動ができない。今は、犯罪ではないからだ。「私的ダウンロードは合法」という隠れ蓑のために不快な思いをしているのは、権利者ばかりではない。正当に商品を購入している正規ユーザーもそうだ。

もし、本当に JASRAC やテレビ局が、「不当に」個人宅のハードディスクを調べに来られるケースが、そんなに多いようなら色々考えを改めることを今から宣言しておく。ただし、児童ポルノについて「法律を成立させたければ、まず私を捕まえに来い」と実名でおっしゃる方もいるくらいだから、ダウンロード違法化が施行後にもダウンロード行為を声高に叫ぶ人がいたら、そういう“目立つ人”が放置されるかはわからない(児童ポルノの単純所持規制も小倉氏は反対なのですよね?) 逆に1年くらい何もなければボロ糞に言います。

posted on 2009年8月7日 2:21 投稿者 mohno

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