発端は小倉弁護士の「代表なくして課金無し」というエントリ。はてブで、「そうなんだけど、MIAU に代表してほしいと思わないからなあ。だからといって主婦連合会や中山信弘氏に期待しているわけでもないが。パブコメと選挙権を活用する程度か。」とコメントしたところ、ex_hmmt 氏から「うーむ……↓id:mohno のような「MIAUに代表して欲しくない」人たちは、「でもそれ以外の団体を立ち上げる程の事でもない」と考えてるんだよね、他の団体が立ち上がってこないのは。」と指摘された。そのとおり、と素直に返せないのは、実は痛いところである。私を含め、色んなことに色んな文句をつける人がいる。政治家に文句を言い、役所に文句を言い、著作権者に文句を言い、ときには上司に文句を言う。言うんだけれども、「文句があるんなら、自分でやってみろ」と言われると、なかなか「じゃあ、やってやる」とは言えない。たとえば私は、政治家になって私事を忘れ、市民や国民のために心底尽くせるかというと、そういう覚悟があるわけではない。かつて堀江貴文氏が衆議院選挙に立候補した時には、驚いたものだ。政治家に文句を言う経営者はいても、自らその世界に飛び込もうとする人はまずいない。以前にも書いたけれど、MIAU
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『米国Googleの権利覇権と情報流通革命』というイベントに参加した。公私ともにそれどころじゃないわけだけれど、どうやら出版業界はつい最近になってあわてて色々対応しているようで、状況を知るいい機会だと思ったからだ。講師は福井健策氏(どこかで、ケンサクつながりですか、とボケようかと思ったがやめた)。津田氏が Twitter で実況中継していたので、詳細はそちらに譲るとして、概ね同氏が書かれているコラムに沿った話だった(コラム1、コラム2)。ただ、どころどころに突っ込みどころがあり、大げさに言えば、黙っているのがやや苦痛でもあった。以下、うろ覚えの部分もあるので、ご了承のほど。福井氏の話で注目したのは、「日本の著作権はあいまいなので、出版社も著者も明確な対応ができずにいる」「現状は、とりあえず和解に残留した上で、数年をかけて明確化していくべき。」「今回のは第1ラウンドで、この先の第二ラウンドに期待している」といったところ。だが、後述のとおり「あいまい」ですませていることが問題を引き起こす可能性もあると思う。さて、これが、どういう流れだったかというと、まず福井氏が「出版社には契約によって出版権があるけれど、インターネットで配信する場合の権利はあいまい。電子出版が明記されている例は、少ない。そういうあいまいさが、対応を難しくしている」という話をされていた。私はインターネット配信も「出版権」の一部だろうと考えていたから、「出版権とインターネット配信が別個のものとして考えうるというのは意外だった」というところで、「別個とは言っていない。そういう理解になるのかわからない」という話になってしまったわけだ。もともと出版社が「出版権」に言及しないのを不思議に思っていていたのだが、荒俣宏氏のブログによれば、講談社からは「対応は各自で」と言われているようだし、文藝春秋社からは「日本の出版社には直接何の権利もないので、この和解に介入することができず」と言われているらしいし、その他の出版社も手続きを代行するという対応のようで、とくに出版権に言及している出版社があるように見えない。しかし、「出版権とインターネット配信が別個のものとして考えうる」なら、この対応もわからなくもない、という話である。実際には、先に指摘されているとおり、それはただ「あいまい」なだけであり、時間をかけて解決していくべきことだということではあったのだが。そうは言っても、今回の和解が米国内のものということであって、ブック検索は世界中に広げようと考えられているプロジェクトである。実際、版権レジストリは米国で使用することだけを想定したものではない。ということは、出版社が今回「口をはさまない」と表明してしまうことは、ブック検索が日本にやってきたときに「口をはさむ」理由を放棄することになるのではないか。その疑問に対する福井氏の答えがこちらである。ちなみに、こちらの質問は、もともと「米国で流通していないものは“絶版(Out-of-Print)”扱い」という点について、実際データベースではほとんどの書籍が絶版という印が付けられているのだけれど、福井氏がグーグル・ジャパンから聞いた話として「日本の流通で扱っているものは、流通しているとみなすよう米国に働きかけている」ということを紹介されたのに対し、私が和解管理者から聞いた話として「amazon.jp
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