フランスで承認された「スリーストライク法(HADOPI法)」の対象は“違法ダウンロード”ではなくて“ファイル共有”ではないかと思っていたが、そうではなかったようだ。
ITmedia の記事にも「違法ダウンロード」と書かれているが、
海外のニュースでも "illegal download" という記載がある。
閑話休題。
先日、JASRACの菅原瑞夫常務理事が「
日本でもスリーストライク法の導入を検討すべき」という話をしたようだ。heatwave さんが「
日本版スリーストライク法に断固反対する」というエントリで、詳細な批判をしている。また、小倉秀夫弁護士は「
スリーストライク法導入を検討するよりアップローダー対策した方が効率的では?」というエントリで立法上の疑問点を示されている。結局、ひとつもパブコメを書かなかった上に、なんだか年末まで忙しい中、こんなことを書いていていいのかわからないけれど、少しコメントしてみる。
MIAU が実施した衆議員立候補者に対する「
インターネットユーザーからの10の質問」の回答を見ると、政党を問わずほとんどの立候補者が、権利者保護を重視している。それだけ権利侵害が顕著であると認識されているのである。これを踏まえると、「日本にもスリーストライク法を」という話を真に受けて成立されてしまうおそれはある(なにしろ現政権では何が起きても不思議はない)。とはいえ、著作権保護期間延長に関する首相のリップサービスが(今のところ)そのまま延長を成立させているわけではないし、それ以上に色々とハードルの高そうなスリーストライク法が日本で成立する可能性はあんまりないと思っている。それはもちろん反対の声を上げる必要はない、ということではないけれど。
私も、スリーストライク法が決してよい対策だとは思わない。思わないのだけれど「断固反対」というほど反対する気もしない。かつて外国人登録証に要求された“指紋押捺”は「日本固有の人権侵害制度だ」と批判されて廃止された。ところが、米国では例の911事件以来、外国人に対する取り締まりが厳しくなり、今やちょっとした旅行ですら入国時に指紋を取られる。アメリカに対して「指紋押捺は人権侵害だ」と訴えてみても、実際にテロが起きて何千人もの人命が奪われたという事情を無視してはくれないだろう。むしろ先日のテロ未遂により、空港ではボディチェックまで行われているようだ。要はバランスの問題なのである。「
交通事故が増えれば道交法は改正される」(池尾和人氏)のである。
むしろ気になるのは、小倉氏が指摘する通り「どう運用するつもりなのか」という点である。そこは「実際にスリーストライク法を導入したフランスの真似をすればよいじゃないか」という考え方もあるとは思うのだが、本来、ネット上で起きている問題は著作権侵害ばかりではない。たとえば、小倉氏がしばしば取り上げる誹謗中傷やら、時折流れる風説の流布のような問題を放置したまま、著作権侵害だけ取り締まろうというのであれば、それもまたバランスが悪いように思う。そして、プロバイダ(ISP)から見れば、たとえ著作権侵害や誹謗中傷があろうとも、「顧客のプライバシーを守る」というお題目のもとで、できるだけ情報提供しない方が顧客を維持できるのなら、積極的な協力は得られないのではないだろうか。
実際、現行のプロバイダ責任制限法は、プロバイダにとって極めて緩やかに運用されているようだ。小倉氏の
エントリ(最後の段落)や
つぶやきにはにわかに信じがたいプロバイダの対応が紹介されている。プロバイダ責任制限法では、会員の不正行為に対して情報提供を求められた場合に、プロバイダから会員に情報提供の可否を確認することになっている。会員から拒否された場合はプロバイダが判断するのだが、これほどまで頑なに情報提供を拒むようでは、不正が蔓延する片棒をかついでいると言われても仕方がないだろう。
そこで、匿名の陰に隠れてデマを流す者、違法にファイル共有する者、他人を誹謗中傷する者について、プロバイダが情報提供を拒むのであれば、その際には免責せず、その者に代わって プロバイダの責任を問うことにしてはどうだろうか。そのように運用しても、プロバイダ責任制限法の役割は変わらない。情報を提供するかどうかをプロバイダ自らが判断する際に、提供しない方が顧客に逃げないと思えば拒否したくなるだろうが、「会員の行為に対する連帯責任」が負わされるのであれば、「違法性が疑わしい」場合には進んで情報を提供するようになるのではないか。そもそも、たいていのプロバイダの利用規約には「不正な目的で使用したら契約を解除する」という規定があるものだが、規約を改正すれば消費者金融のように業者間で「ブラックリスト」を共有できるようになるかもしれない。不正使用者がプロバイダにとって“迷惑な存在”となれば、プロバイダは使用契約を結びたがらないだろう。すごいぞ、これでワンストライクでアウトになる日も近い!!(←かなり嘘)。まあ、その場合でも、月額料金が高額な(かつ、いつまで営業するかわからないような)プロバイダが登場する可能性はあるけれど。
うまくいけば:-p、プロバイダが不正ユーザーを排除するためにネットを監視して、そうした Winny で流れているデータを抑止するようになるかもしれない。やったねパパ、明日はホームランだ! いやいや、以前にもそうした取り組みはあったが、「通信の秘密」に抵触する(可能性がある)と
指摘されたことがある。でも、「通信の秘密」とは何だろうか。メールを誰かに出すのなら、宛先以外の誰にも知られないというのは「通信の秘密」であろう。一方、Web サイトで情報を公開するのであれば、それは「世界中の誰でもが見られる状態に置く」のだから、どこに守るべき「通信の秘密」があるのだろうか。Winny は P2P(peer to peer)という技術を使っているのだから、特定の相手に対する通信であり、その秘密は守られるべき……という理屈は成り立たないだろう。なぜなら、不特定の誰もが Winny というツールを使うことで、Winny ネットワークに参加できるからだ。情報を発する先を「発信者が指定した特定の者だけが参照できる環境」に限定しないなら、そこに「通信の秘密」は必要ないのではないか。現に、高木浩光氏が「公開されている Winny ネットワーク」を視覚化する Nyzilla というツールを
発表されている。ブログや掲示板にコメントを書く、twitter でつぶやく、無許諾でコンテンツを公開するというのは、すべて「公衆への発信」に他ならない。
プライバシー保護という点で、(通信内容ではなく)発信者の秘密を守るべき状況はあるだろう。しかし、新聞の投書欄が原則実名であり、事情があって匿名にする場合には、その判断は新聞社が行う(掲載の責任は新聞社が負う)。「公衆への発信」について、発信者の匿名性を保護したいのであれば、保護しようとする人や組織が責任を代替するべきである。そうでなければ責任を負う存在が消えてしまうからだ。
もちろん、懸念がないわけではない。セキュリティの緩い、あるいはかけられていない無線LANが勝手に使われた不正行為はどうするのか。それは「盗まれた車で起こされた事故」と同じように扱い、「鍵をかけていない方が悪い」という認識を広める以外ないだろう。ネットカフェは、利用者確認をしっかりするようになるだろう。FON は……知らんけど、あれはそもそもプロバイダと利用契約を結ぶのが前提だから、まずは、そこが問題になるかもしれないね。
これなら、プロバイダ責任制限法の運用を少しばかり厳しくするだけだ。たいした手間はかからないし、共通ID制を作る必要もない:-D
さて、安心する未来を空想できたところで、パンがないからケーキでも食おう:-p
グーグルブック検索について、修正和解案が裁判所に提出されました。いくらか疑問が残っているため、和解管理者に質問していますが、なかなか返事がきません(返事が来たら、まとめてオルタナティブにでもエントリを書こうと思っていたのですが)。しかたがないので、とりあえず、 "
Google Books Settlement Agreement Press Center" にある "Amended Settlement FAQ" を翻訳してみました。翻訳ミスなどは、はてブなどを通じてご指摘くだされば幸いです。なお、私が9月締め切り分として提出した異議申立書は、
SkyDrive にアップしておきました(PDF×2)。いまさら自分で読み直す気にもならないものなのではありますが。
改訂版Google Booksの和解についての質問と回答
この和解では何が変更されたのですか?
変更の範囲は、要約文書に概説されています。より広範な変更点の一覧は、補足通知に書かれています。
(
http://www.googlebooksettlement.com/Supplemental-Notice.pdf).
集団を限定したのはなぜですか? なぜ、イギリス、オーストラリア、カナダの書籍が含まれるのですか?外国の権利保有者からのフィードバックを聞いた後、原告は法的伝統に共通性があり、書籍業界が同様の慣行を持つ国だけに限定することを決定しました。
アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ以外の著者や出版社は、まだ、この和解の影響を受けますか。
はい。アメリカ合衆国著作権局に著作権を登録しているか、2009年1月5日までにイギリス、オーストラリア、カナダで書籍を出版したことがあるすべての人が、集団の一員です。これは、世界中の国々にいる権利保有者を含みます。
海外の著者や出版社が和解に参加したい場合はどうなりますか?
修正された集団のメンバーでない権利保有者は、和解の一部には含まれません。しかし、Googleは、作品を世界中で利用できるよう同じような合意を実現するため、和解から除外された国々においても、海外の権利保有者や組織と直接協力する興味を持ち続けています。世界中の著者や出版社は、Googleのパートナープログラムを通じて、販促や収益獲得のプログラムに参加することができます。
和解は議会が法律を制定する機能を妨げることになりますか。和解は、孤児作品の法制化を制限しますか?和解は、この分野を法制化する議会の権限を置きかえるようなことはしませんし、できません。議会自身が、下院司法委員会における9月の公聴会で指定された議会の数人をメンバーとして、この集団訴訟和解という手段を作成したのであり、裁判手続は、議会の行動の将来的な可能性に基づいて停止するのではありません。この和解は、孤児作品の法制化を補足するものであり、絶版書籍に対するアクセスや、これらの書籍の権利保有者を見つけ出すことを促進します。和解は、いかなる面においても、議会から孤児作品の法制化に関する行動を制限しません。
改訂版の和解は、Google Booksの米国以外のユーザーに影響しますか?いいえ。この和解は、米国の訴訟の結果であり、和解は米国のGoogle Booksユーザーの体験にだけ影響します。米国以外における、Google Booksのユーザー体験は現在のものと変わりません。Googleは、今回の和解に含まれない国々の権利保有者と協力して、この和解と同じようなサービスを通じ、その作品に世界中のユーザーに対する広範なアクセス性を提供することに興味を持っています。
修正された条項には、プライバシーにかかわる取り組みがありますか?
改訂版の同意書は、Googleが正当な法律手続きなくして、レジストリのプライベート情報を共有しないことを示す記載が含まれています。Googleは、利用者がGoogle Booksを使う際に、その個人情報をどのように取り扱うかを示した堅牢なプライバシーポリシー(
http://books.google.com/googlebooks/privacy.html)も持っています。さらに、連邦取引委員会に対してもプライバシーに関する約束事(
http://www.ftc.gov/os/closings/090903bcpgoogleletter.pdf)を提供しています。
この修正は、和解の金銭面の条項に影響しますか?金銭面の条項については変更はありません。
手続きの次のステップは何ですか?修正版の同意書は、2009年11月13日に裁判所に提出されました。裁判所がスケジュールを設定し、通知期間、異議申立期間、そして最終的な公平性の公聴会が2010年の初期に予定されています。
高木浩光氏がはてブで id コールを
使わないのは、何か理由があってのものなのだろうか。
閑話休題。
高木氏が「
日記予定、Nyzillaの進捗」というエントリで、Winny ネットワークを監視する Nyzilla というソフトを解説している。Nyzilla は一般公開されるものだそうで、それは「Winny ネットワークは公開情報だということを明らかにしたい」ことなのだと私は理解している。このエントリに対して、はてブで、
Winnyネットワークの情報が公開情報であるなら、どんなデータが流れているのかをIPを含めて公開して容易に検索できるようにしたとしても、せいぜい“ストリートビュー”程度の話だよね? それってアリ?
と
コメントしたところ、高木氏に「意味がわからない」と書かれてしまったようなので、なんだかいまさらだけど、少し解説する。別にそんな深い考察ではない。言い換えると「
高木氏が収集している Winny ネットワークの情報を Web ベースで検索しやすくしたら、それこそ凄いことになりそう」という話だ。
まず、Nyzilla がリリースされて「Winny ネットワークで流れる情報」を知ることができるのは Nyzilla を使って継続的に情報収集する人だろう。そういう人が自分でブログや掲示板を開設したりする人が Nyzilla を使えば、投稿者の IP アドレスと時間と「Winny ネットワークで流れる情報」を突き合わせて、“たまたま”何か見つけ出すということはあるかもしれない。でも、そもそも
Nyzilla を使って継続的に情報収集する人は、そんなにいるだろうか。Winny ユーザーの情報が知られるのが「Nyzilla を使っている人」に過ぎないなら、あまりインパクトはないような気がする。
※
良く知らないのだけど、そもそも Nyzilla って家庭向けのインターネット回線でも十分情報収集ができるのかな。大学の研究室とかならいいのかもしれないけれど。失礼。Nyzilla 自身は、現状を“観測”するだけで情報を蓄積するわけではないのかな。
でも、どうせ「公開情報」であるなら、
誰かが(あるいは高木氏が)蓄積したデータを自由に検索できるような Web 上のサービスを提供したらどうなるだろう。ブログや掲示板の運営者が(コメント投稿者の IP や登校時間がわかるとして)「こいつはどんな奴だ」と思ったときにはじめて、そこで検索する。すると“たまたま”情報が出てくる、ということは上記の“たまたま”よりもはるかに多いと思う。であれば、Winny ユーザーにとっては、けっこうな脅威になるのではないだろうか。Winny ネットワークの情報には(“データ本体”を除けば)、著作物性も、個人情報(個人を特定できる情報)もないから、何も問題ない(たぶん)。
はてブで“せいぜいストリートビュー程度”を書いたのは、「ストリートビューの何が問題なのだ。お前は道路で写真を撮って Web に公開するときに、いちいち戸別訪問して許諾を取るのか」という話があったのを思い出したからだ。もちろん、個人が写真を公開するときだって“公開すると問題のある写真”だったら公開しないという判断が働くだろうし、同じ程度にグーグルにも“判断の必要性”が求められるはずだ(なにしろ、グーグルは写真を公開する主体だ)という話はあるのだが、そのストリートビューが全体としては問題ないというのなら、もともと公開されている Winny ネットワークの情報を集約して検索を容易にすることだって、それ以上に問題がないはずだ。
ところで、心情的には上記と同一のものとは思っていないのだけれど、無断リンクの件にも触れておく。無断リンクが可罰性があるほど違法なものとは思っていないけれど、「無断リンク禁止厨」的な考えはいかがなものかと私は思う。すでにブログごと削除されてしまったので archive.org のリンクを張っておくが、このような見解もあった。→「
無断リンクはかならずしも合法ではない」
無断リンク禁止と書いてあるサイトにリンクを張るべきではないのだ、と言う意味ではもちろんない。「無断引用禁止」と書いてある書籍や著作物からの(正当な理由のある)引用が法律的にも適法であるように、正当な理由があるなら無断リンク禁止と書いてある場所にリンクしたり、「無断引用禁止」と書いてある書籍から引用することに問題はない。しかし、最近のクックパッドの無断リンク禁止騒動でみられたような「いまどき無断リンク禁止かよ」的な反応は残念だと思う。現実には、リファラを持つアクセスを禁じるといった技術的対策を講じればよい話とは思うが、「無断リンク禁止」は「無断引用禁止」という程度の表現として許してかまわないのではないだろうか。そして無断リンクには、何らかの“正当な理由”を要求してよいのではないか、と思うのである。
さらに、こう書くと、「引用」は「適法な無断利用」を指しているのであり、違法な利用ならば「盗用」というべきという反論があるかもしれない。著作権法には、
第32条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
とあるから、「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの」ではない“引用”が存在し、それは違法性のある「無断引用」と言えるのではないか、というのが私の理解である。それに「盗用禁止」という表現はなんだか穏やかではないよね。そんなこと書くなというくらいに。
小倉秀夫氏が「
マジコン問題は違法複製問題ではない」というエントリを書かれている。ネット上で聞いてはいたものの、「マジコン」という言葉を息子から聞いたのはもう1年以上前だと思う。どうやらマジコンを使っているらしい子供がいるのだが、その親が色々ゲームをダウンロードして使わせているらしい。間接的にしか聞いていないのだけど、少なくとも「マジコンってオリジナルのゲームが遊べるんだって」という類の話を聞くことはない。ネット上でも普通に市販ソフトの複製ツールと認識されているようであるし、マジコン需要を支えている大半は違法複製であるとしか思えない。少なくとも、これを否定する根拠は小倉氏からは示されていない。そもそも
小倉氏にどんなソフトがあるのか尋ねたときでさえ、具体的なソフト名についてのお答えはなく、「ゲームラボを見て」と
言われただけだった。その小倉氏に「マジコン問題は違法複製問題ではない」と言われても、根拠あるのかな、と思わざるを得ない。
さて、その小倉氏は、こう続けている。
アップロードサイトのドメイン保有者≒開設者の住所・氏名がwhoisデータベースにより入手できることを示し、違法複製物の流通を問題とするのであればマジコン自体を規制する必要はないことを示してきました
ふーん。
この理屈なら、誹謗中傷する当事者に関する情報を得ることができれば、小倉氏が日頃主張する実名制の導入など必要ないのではないか? 実際、
プロバイダ責任制限法はその仲介責任をプロバイダに課しているのであり、これで「制度として十分」と言えるはずだ。小倉氏は別エントリのはてなブックマークコメントで、ekken氏が「誹謗中傷されたら訴えれば良いのでは?」と書いているのに対し、
発信者情報開示命令が下りても履行しない掲示板管理者がおり,掲示板管理者からIPアドレスの開示を受けたときにはアクセスログを消去してしまっているアクセスプロバイダがいるのに?
と
返しているのだが、それは
制度を守らない掲示板管理者の問題であり、実名制のように
制度を厳しくすべきだという理由にはならない。制度を守るように訴えればいいのだからね。
だが、本当にそうか? 職業柄、小倉氏は敢えて言及しないのかもしれないが、
民事訴訟を起こすというのはお金がかかるものだ。誰もが切込隊長みたいに裁判を起こせるとは限らない(だから誹謗中傷だって著作権侵害だって、みな警察に頼ろうとするわけだが)。ゲームの違法アップロードについても、仮に違法アップローダーを訴えたところで、損害賠償金よりも弁護士費用が上回るかもしれない。どうせ、別のアップローダーが出てくるかもしれない。だから「モト」を断ちたいと思うのは当然だ。誹謗中傷だって、警察がとりあってくれなければ、自分で裁判を起こすしかないのだが、その費用が負担できなければ泣き寝入りしろということだ。それでいいのか。それではダメだからこそ、その運営に実名制を取り入れよと言っているのではないのか。
どうやら、小倉氏の意見は「マジコン」と「誹謗中傷」で正反対を向いているようなのであるが、それが両方とも自分の依頼人に関わることらしいという意味では、好意的に見れば“
仕事熱心”なのかもしれない。しかし、そういう姿勢は外からは
二枚舌に見えるだけだから、どうしても何か言いたければ、壁に向かってブツブツつぶやいていればよいのではないかな。
タイトルはちょっと苦しかった。
閑話休題。
雑誌を印刷物だけでなくオンラインでも読めるサービスを提供しはじめた
コルシカが、すべての雑誌の扱いを
中止したそうだ。そもそも、わけのわからん無邪気なベンチャーがはじめたのかと思いきや、運営母体がそれなりにまともな会社であるらしい
エニグモだということだが、オープン早々、日本雑誌協会からクレームが入って加盟社の雑誌取り扱い中止していて、今回のこの報道。さすがに、ここまでが「想定の範囲内」だったという気はしない。
著作権法第30条で規定された私的複製が「複製する者が行う」となっている以上、当初から「私的複製のわけねーじゃん」ということは指摘されていたのだが、これまでにも私的複製に当たらないからといって、あらゆるサービスが止められてきたわけではない。以前にも取り上げた
CDTube にしても、プロモーションビデオ(これは誰かがアップしたもの)もランキングデータも、無断で使っていたらしいけれど、黙認されているらしい(プロモーション=宣伝なのだしね)。始まった当初には
懸念も示されていたけれど、結局潰されていない。これが「リトマス試験紙」なら、音楽業界は“よくわかっている”わけだ。
話をコルシカに戻すと、これが私的複製にあたらないとして、どれだけ出版社に損害を与えるのだろうかというと、ほとんど損害らしい損害はないのではないか。何しろ印刷物としての雑誌を、オンラインで提供しているケースはほとんどないし、しかも印刷物とセットにして同額で売っているのであり、“ゴマカシがなければ”出版社には、通常の印刷物の売り上げとして計上される(はず)。多額の損害賠償を払わずとも何らお咎めのない西村博之氏を思えば、これで刑事事件になるとも思えず、さりとて裁判になって損害賠償を支払うことになったとしても、日本で認められるのは“実損”だから、ごくわずか。となれば、権利者側は裁判するだけ弁護士費用が無駄になるから、きっと訴えられたりもしないだろう……と、エニグモは読んでいたのではないかと思うのだが、考えすぎだろうか。
出版社にとっては、「データとしてスキャンされること」による損害よりも、「販売数をごまかされること」の方が損害が大きいだろう。コルシカの
Q&Aによれば、配送依頼は「雑誌の発売日から30日以内」に限られているようだ(これって雑誌の返品期間内ってことではないの?)。印刷物を送るのに送料が要求されていたということもあるが、読者がデータだけを欲しがり、現物を不要と考えているなら、それは黙って返品できてしまう(ごまかしても取次や出版社にはわからない)。これは「売れた数をごまかさない」という意思を表明するためには、返品期間よりは長く設定しておくべきではないか。とにかく、どれだけごまかしているかは、外からはわからない。
さて、ゴマカシがないとして、コルシカを利用したい人がどれくらいいるのだろう。書籍の世界では、すでに電子書籍サイトはいくつかあり、ちょっと検索するだけでも、
こんなのとか、
こんなのが見つかる。しかし、日本で電子書籍が盛り上がっているという話は聞かない(携帯小説やDSの『文学全集』はさておき)。しかも、コルシカの場合は、版元がデータを作っておらず(←当たり前)、自分でスキャンデータを作っているらしく、品質もあまり
良くないらしい。紛争に巻き込まれる危険を冒してまで(利用規約第7条)、本当に、このサービスを利用したいと思う人がそんなにいるのか、ちょっと疑わしい。
もっとも、ユーザー層がまったく考えられないわけではない。海外に住む日本人だ。かつてヤオハンという小売りチェーンが、日本のテレビ番組を勝手に録画し、レンタルビデオとして貸し出していた。著作権侵害もいいところだが、結局裁判になったという話は聞かなかったと思う(よく知らない)。コルシカも海外の日本人には利用されるかもしれない。日本の雑誌を海外で入手するのは、かなり高い。コルシカで買った電子データはローカルに保存できるわけでもなく、オンラインで観られるだけであり、その期間も通常1年だから、将来にわたって雑誌の保存場所を節約する、という目的にもならない、しかも品質がよくないらしいということを思うと、印刷物としての雑誌が普通に入手できる日本人にとって魅力的なサービスという気がしない。
個人的には、出版社側は、しばらくコルシカを放置しておけばよかったように思う。コルシカというサービスが雑誌の販促に繋なるのかどうか確かめてから行動を起こせば、「ネットサービス」を盲信する声に応えやすいだろう。本当に人々が求めているサービスなら、自らデータを作って電子雑誌サービスを提供すればよいのだしね。
余談。
ヤオハンのビデオレンタルは、現地でも実際に見かけたことがあるが、『悪魔のKISS』というドラマの常盤貴子さんの“幻のヌードシーン”が、レンタルで普通に見られるという話とともに週刊誌に載っていたと記憶している。wikipedia によれば、このドラマは事務所が権利を買い取っているそうだ。権利者をさしおいて、それを流通させることがなすべきことかどうかは考えてよいテーマだと思う。
※2009.10.14追記。
twitter で見かけて思い出したが、
すでにオンライン雑誌としては fujisan.co.jp というサービスがあった。そして、私はこのサービスの
会員になっていた。かつて『R25』がオンラインで無料配布されていた時代に利用していたもので、申し込みした後、割とすぐに配布が終了してしまったので、あまり印象に残っていなかった。しかし、今でも、ときどきメールで案内が届いているのだ。
当然、雑なスキャンではなく、まともな電子雑誌となっているであろうから、タイトルに反してコルシカが生き残る可能性は極めて限られてきたような気がする。
ふたたびネタは heatwave さんのブログより。元々は…と言い始めると、どんどん遡ってしまうのだけれど、今回の発端は「
英国大物ミュージシャンら、割れ厨を擁護」で紹介されている、Featured Artists Coalition (FAC) という団体に属するメンバーが「英国版ストライク・アウト・ポリシー」に反対する声明。Radiohead とか Blur とか Pink Floyd とか名だたるバンドのメンバーがファイル共有する人を擁護するメッセージを出している。普通に「
よく事務所やレコード会社がこういう発言を許すものだなあ」と思うわけで、日本だったら、よほどの大物でもなければ「重大な契約違反」のため解雇通告を受けそうな……いやいや。
このエントリの最後で、heatwave さんが「違法ファイル共有に反対」という意見を書いているのが溜飲を下げているというか、そりゃそうでしょ、と。オルタナティブに
書いたこともあるけど、
違法なファイル共有(というか著作権侵害)の放置で悪影響を受けるのは大企業より小企業、音楽で言うなら、有名人より新人であり、「大物が勝手に免罪符出すなよ」と思う。この辺りの感覚は、実際に小企業側にいたことがないと身にしみないかもしれないけどね。だから次のエントリ「
英国音楽業界、FACは新人を軽視していると批判」で紹介されている権利団体側の批判ももっともだと思うし、続くリリー・アレンの発言に関する「
Lily Allen、「FACの主張は新人アーティストにアンフェア」と批判」も納得がいくのだ。
そういうわけで、この件については twitter で mahbo さんと色々と議論を闘わせたりもしたのだが、ちょっと風向きが変わってきたのは、この辺りからだ→「
リリー・アレン、著作権侵害に反対するも他人の記事を丸ごとコピー」 んー、オンラインに掲載されている記事を丸ごとコピーする必要があったのかどうか疑問だし、リンクも貼っておかないのはどうかと思うけれど、とりあえず記事について論じているなら「引用」という解釈もできなくはないかなあ……などと思っていたら、これだ→「
リリー・アレン、他人の曲や新聞記事をアップロードしていたことが発覚?」
リリー、それはダメだろう。「
リリー・アレン、アンチ・パイラシー・ブログを削除し引退を示唆(修正あり)」によれば、「音楽産業の成り立ちを知らない5年前のもの」と言い訳しているようだけど、どう考えても
LilyAllenMusic.com なんて名前でサイトを作ったのはデビューしてからでしょ。実際、ドメイン名の登録日はデビューアルバムを発売する直前の 2006/5/21 で、名義は EMI だから、
楽曲をアップしたのはデビューが決まった後ってことになる。音楽産業の成り立ちを知らずにデビューするのかよ、というか、ごく常識的な感覚としては「
EMI の関係者はそれくらい見ておかなかったのかよー」と思ったりするわけだ。
いや、まあ、そんな体たらくだから、「手際が良すぎる」どころか、業界のロビー活動にしては不手際極まりない感じがするから、
一連の活動はリリーの意思によるものなのだろう(←擁護?)。いや、リリー・アレンって別に知らなかったんだけど、ちょっと調べると、
レコード会社に無断でブリトニーの曲をカバーしたなんて話があるようで、デビューした後に「
音楽産業の成り立ちを知らない」というのも、あながち嘘ではないかもしれない(←擁護?) それに、napster で曲を聞いてみたけど、なかなかいいと思ったよ(←擁護!)(←ボカッ!)
話は前後する。はてブのコメントで知ったが、「
FAC vs リリー・アレン他アーティスト・続報」によれば「
FAC Position on File-Sharing(ファイル共有における FAC の立ち位置)」という表明があり、どうやら
FAC として勝手な(違法な)ファイル共有を是認しているわけではないらしい。そりゃそうだよなー、とは思うんだけど、これまた heatwave さんのエントリ「
ファイル共有にポジティブな態度をとるアーティストの発言集」によれば、けっこう“違法”ファイル共有を許容しているみたいだよね、これらの
“有名人”さんたちは。それで、あなた方は、新人さんたちに何をしているわけですか、と小一時間問い詰めたい:-p
先日書いた「
主張と行動の一貫性と説得力」というエントリについて、津田氏から tumblr で
コメントをいただきました。議論において非を認めるべきときに認めないと、その他の主張の信頼性まで損なう、ということを他人に対して言うこともあるのですが、その主張は自分にも跳ね返る(これもまた日頃言っていますが)という点で、今回は、まさに私が非を認めるべきときであります。
日頃、この個人ブログで使っている「だ・である」表記は、とくに上から目線を意識したものではありませんが、謝罪として適当でないと判断し、また、明確に謝罪の意思を表明するために、前エントリに追記するのではなく、新たにエントリを起こすことにしました。なお、謝罪を表明するのに余計な説明を付け加えることは潔くないとも思うのですが、説明なしに謝罪して、後で「そこは違う」と言い訳することを避けるため、あえて説明を付け加えさせていただきます。
津田氏の tumblr で指摘された点について、私が「DRM を否定」と表現したことを「DRM をフリーにしろと主張」と置き換えられていますが、前エントリで引用したつぶやきにおいて、「DRM を否定」を「他人のかける DRM を否定」と訂正したとおり、必ずしも「DRM を全面的に否定」ということではなくても、他人がかけている DRM (※ここは“DRM 手法”と書くべきだったかもしれません)は否定しているのだから、そのうえで自分のかけた制限のどこが適正水準なのかと問うていたものです。また、現在テレビ放送にかけられている DRM を EPN レベルにするという主張、コンテンツに対して、それぞれ適正な水準があるという主張に対して疑問を投げかけたものではありません(むしろ、前エントリにも記載したとおり、それらの点については賛同しています)。
しかしながら、それを理由に
「ジャーナリストなのに検証を否定している」と書いたことは、完全なミスリードでした。津田氏が tumblr で書き記し、otsune さんが twitter で以下のように断じたとおり、
@mohno それtsudaさんの事例で言えば「ウェブ魚拓は個人的な理由で嫌い。発言検証性はウェブ魚拓以外のたくさんあるサービスや、ライセンスはCC-BYだから個人的にコピーとって公開してもらえば確保できるよね」でFAじゃないの?
約1時間前 Afficheurで mohno宛
津田氏の記事はすでに多くの読者をかかえ、その上で自由な複製を認めているのですから、問題発言があれば、それらはあるがままに、検証に十分なほど複製されることに疑いはありません。したがって、
「Web 魚拓の拒否」を「検証を拒否する姿勢」と読み替えたことは、まったく不適当だったと認めざるを得ません。さらに言えば、この点については「たんなる誤解」ではなく「私情による意図的なミスリード」というご指摘もあるとは思います。そのような積極的な意図をもってはおりませんでしたが、実際に冷静な判断でなかったことは認めざるを得ません。
以上の通り、津田氏に対して、前エントリで指摘した内容についてお詫びし、また今後発言する際においても、つとめて冷静さを保つよう心掛けることを表明するものです。なお、前エントリについては、本エントリへのリンクを追加した上で、そのまま掲載しておきます。
※2009.9.22追記。今気付きましたが、上記中の「ミスリード」は "mislead"(誤誘導)の意味で、誤読(misread、reading mistake)ではありません。
heatwave さんに「
良いか悪いかじゃなく、額がおかしいだろというだけの話」というエントリで呼びかけられた。これはきっと私への“挑戦状”だろうと勝手に解釈してエントリを起こすことにする。
もとは「
ねぇねぇ違法コピーって、そんなにも悪いことなの?」(GIZMODE)や「
RIAAの楽曲ファイル共有訴訟--被告に192万ドルの賠償命令」(CNet)などに対するはてブのコメントであるのだが、それにつけたコメントや heatwave さんのご意見については、heatwave さんのエントリを参照してほしい。あらかじめお断りしておくと、議論で意見が合わないことは、相手の意見が聞くに値するものかどうかを判断することと何の関係もないし、heatwave さんのご意見には常に耳を傾ける価値があると私は思っている。
今回の heatwave さんのご意見は、違法アップロードが招いた損害に比べて賠償金の額が非常識に高すぎるということだと理解する。しかし、懲罰的賠償制度とは
本来の賠償金とは別に、まさに加害者を懲らしめるために、
賠償すべき被害相当額とは関係なく高い金額を課すというものだ。“懲罰”というからには、被告が難なく払える額では意味がないからだ。これは私がそうすべきだと思っているということではなく、そういう性格のものだ、としか言いようがない。おそらく素人の私が説明するより、wikipedia の解説(「
懲罰的損害賠償」)を見てもらう方がよいだろう。
懲罰的賠償金の有名な例として知られる「
マクドナルド・コーヒー事件」についても、wikipedia に説明がある。それによれば、「填補賠償認定額20万ドルの80%にあたる16万ドルを本来の填補賠償額として」に加えて、「
マクドナルドのコーヒー売り上げ高の2日間分に相当する270万ドルを懲罰的損害賠償額として」支払うことが命じられている(その後減額)。
「コーヒー売り上げ高の2日間分」は「熱いコーヒーによるヤケドという被害」とは何の関係もないが、それだけ支払わせることでマクドナルドに懲罰を与え、反省を促そうとしているのである。被害額に見合うかどうか、という問題ではない。
違法共有にしても、個人に対して192万ドルは高すぎるという意見もあるだろうし、その“感覚”はもっともなものだと思うが、かつて、たばこ会社に対して1450億ドル(当時で17兆円!!)という賠償金が課せられそうになったことがある国である(ただし、この判決は高裁と最高裁で無効になった)。この被告についても、裁判で反省のようすが見られないとか、陪審員の心証を逆なでするような何かがあったのではないかと推察する。CNet の記事には「Thomas-Rasset氏(←今回の被告)の“弁護団”」と書いてあるから、自ら弁護団を雇えるほどリッチだということかもしれない。逆に、被告に十分な支払い能力がなければ、ずっと低い金額で和解することになるだろう。そして、つまるところ、heatwave さんのご意見は(違法共有とは関係なく)「懲罰的賠償制度はおかしい」ということになる(他の損害賠償には適用してもよいが、違法共有に適用するのはおかしい、という意味でなければ)。
実際、wikipedia の解説にも懲罰的賠償制度の問題点が挙げられており、州によっては上限が設定されているようだ。それこそ反省を促すための賠償金が、企業の運営に影響を与えるようであれば、反省するも何も潰れてしまうおそれがあるからだろう。成功報酬としての懲罰的賠償金を狙った弁護士により、過度に金額がつりあがってしまうという指摘もある。私も、「懲罰的賠償制度に何も問題がない」というつもりはない。そもそも無条件で日本に懲罰的賠償制度を導入すべきだと考えているのでもない。しかし、検討する価値はある。なぜか。
ときどき、このような意見を聞く。おおざっぱにまとめてしまうと「米国では著作権侵害は主に民事で争われるため、いざ裁判になって敗訴したとしても求められるのはお金(賠償金)である。ところが、日本では刑事事件として扱われることがあるので、裁判で敗訴して有罪となれば“犯罪者”になってしまう。著作権侵害の訴訟リスクがお金で解決するならそれはビジネスの問題だが、起業家が“前科者”になる訴訟リスクを抱えては新たなビジネスは起こせない。」というものだ。
実際に、まともなビジネスを前提とした活動で刑事責任を問われたものがあるかどうか疑問ではある(先日、グーグルに対して刑事事件として警察に被害届を出した人がいて、受取りを拒否されたと報道されていた)。だが、「たしかに理屈としてはありうるから、よほどのことでなければ民事で処理させよう」となったらどうなるか。刑事事件なら警察に被害届を出して、後はよろしく、とまかせておけばよいのに(それほど単純ではないだろうが)、民事で裁判を起こすなら弁護士などの費用は自分で負担しなければならない。日本の弁護士費用は、アメリカよりはずっと安いだろうが(日本は専門職に対する評価が総じて低い)、それでも専門家を調停や裁判のために拘束するのだ。もちろん自分たちの時間も拘束される。それだけの手間と費用をかけても、(懲罰的でない)賠償金は、「被害(損害)」に対するものなので、被害額が高額でなければ、ただお金がかかるだけだ。
要するに、
日本で著作権侵害が刑事で扱われるのは権利者側が民事裁判にかかる費用を節約したいからだ、と私は思っている。損害を賠償してもらったところで、それが裁判費用に消えてしまうなら、刑事事件として告訴し「侵害をやめさせる」ことを目的にすればよい、という判断ではないだろうか。そういう状況があるにもかかわらず「著作権侵害は民事で処理せよ」というのであれば、引き換えに懲罰的賠償金制度でも導入して、場合によっては高額の賠償金を課すことを考えてもよいのではないか。もともと“懲罰”とは“罪”を犯したものを懲らしめるために罰するという意味であり、民事の被害を賠償するということとは意味合いが違う。
私は、日本の著作権法が新たなビジネスが生み出される妨げているとは思っていないので、「著作権侵害は民事で処理せよ」とか「懲罰的賠償制度を導入すべき」と積極的には考えない。しかし、そのような意見が多いのなら、同時に懲罰的賠償制度の導入を考えておかないと、「小さめの侵害がされっぱなしになってしまう」おそれはあると思う。
追伸
“挑戦状”は冗談です。念のため。
※本エントリには、津田大介氏に対する不適切な指摘が含まれています。申し訳ありません。謝罪のエントリをご参照ください。はてさて、高木浩光氏から「
あいかわらず難癖が酷い」と言われたのでは、放置しておくわけにもいくまい。100字で返すのは無理だからエントリを起こす。
元は「
高木さんからの指摘について」というTさんのエントリに casm さんがはてブで付けた次の
コメントである。※ここでは、高木浩光氏(≠Tさん)とTさんとのやりとりの内容については触れない。
ほぅ、音ハメってWeb魚拓(全文)を禁止してたのか。
音楽配信メモを「音ハメ」と略すというのは意外だったのは、もっと意外だったのは
Tさんが自身のブログの魚拓を禁じていたことだ。そもそも禁じているとは思いもしなかったから、魚拓をとろうと思ったこともなく気づきもしなかったわけだが、たしかに「Web 魚拓」でこのエントリの URL を指定しても「robots.txtによってキャッシュが禁止されており取得できません。」というメッセージが出て魚拓は取れない。
断っておくと、「robots.txt を置くべきではない」と主張するつもりはない。検索エンジンが(勝手な)複製をしないように robots.txt を置いている人や組織はあるだろうが、必ずしも複製を嫌っているものばかりではない。たとえばコメントspamを避けるため、あるいは気楽に日記を書くため検索エンジンに見つからないように robots.txt を置いているという人もいる。検索エンジンに出てくる広告の質が厭だと言う人だっているだろう。それはそれぞれの人の考えであり、とやかく言うつもりはないし、言うべきこととも思わない。だが、このブログ主は他ならぬTさんである。そこで、次のように
つぶやいた。
casm さんがはてブで指摘していたが、「音楽配信メモ」が robots.txt を置き、web魚拓できなくしているというのは、驚いた。:-O DRM を否定し、コピーワンスもダビング10も拒絶している団体の代表なのに。→ http://tinyurl.com/lyeon8
これにTさんから次のような反応があった。
@mohno DRMを否定したことは一度もないですよ。音楽・映画・ゲーム・テレビなど、コンテンツごとに最適なDRM水準があり、その水準が透明なプロセスで議論されていけばいいというだけの話。コピーワンスやダビング10は公共性の高い地上波番組にかけるDRMとしては厳しすぎるという話。
12:04 PM Aug 31st
@mohno AppleのムービーレンタルはDRMは厳しいですが、動画配信という性格を考えたときに(料金と比較して)妥当なDRMかなと思います。
12:05 PM Aug 31st
とりあえず、コメントSPAMを避けるためとか、気楽にブログを書きたいために robots.txt を置いているのではないようだ(そもそもコメントが付けられるブログではないけれど)。ふたたび断っておくと、私は、コンテンツごとに適切な DRM 水準が異なるということには同意するし、地上派テレビの保護については
EPN を採用してほしいものだとずっと思っている。だから、想定されている水準がどうかという問題を除けば、このような主張はおかしい、というつもりはまったくない。一方、
以前にも書いたが、Web 魚拓はおおざっぱに言うと、「検証のための複製」(Web 魚拓のサイトには、この目的が書かれている)と「たんなる利用のための複製」がありうる。後者は、新聞社・通信社が公開期限がある記事を期限後にも読むためのものだ(もちろん記事の魚拓においても前者の目的はありうるし、正当な範囲での引用も Web 魚拓の目的に挙げられている)。先のエントリにも書いたとおり「世の中の多くの活動は、バランスの上に成り立っている」という意味で、Web 魚拓が後者の目的ばかりで使われるようになったら、規制されるかもしれない(それは、robots.txt を置く代わりに Web 魚拓の IP をはじく、程度のものかもしれないが)。
しかし、Tさんのブログはとくにエントリの公開期限が設けられているわけではないから、利用のための複製という目的を否定しているのではない。そりゃそうだ。そもそもTさんのブログサイトの末尾には「リンク・転載・引用・雑誌掲載などすべてご自由にどうぞ。連絡一切不要。」と書いてあるくらいなのだから。それにも関わらず「Web 魚拓」を否定しているということは、前者の目的
(検証)を拒否しているのだと理解せざるをえない。それこそが、Web 魚拓の目的なのに。しかし、本当に検証目的を否定しているのだろうか。たしかに先につぶやいたリンク先では「(あらゆる)DRMを否定」しているのではないが、Tさん自身が検証という目的の複製さえ否定しているのに、テレビ局や音楽業界がかける DRM を“最適な水準”でないということができるのだろうか。それとも何か他の理由があるのだろうか。そう思って次のようにつぶやいた。
@tsuda s/DRMを否定し/他人のかけるDRMを否定し/ それで、難なく手動でコピペできるブログエントリの機械複製を否定することの、どこが「最適な水準」なの?
3:40 PM Aug 31st
※注 「s/DRMを否定し/他人のかけるDRMを否定し/」というのは文字列の置換を意味する表現。
これに対する反応はなく、何を持ってブログの Web 魚拓を拒否することを“最適”と思っているのかはわからずじまいだ。
しつこく断っておくと、誰がどんな主張をしようともかまわない。「そんな主張をするな」という主張も含めて、それは言論の自由だと思う。もちろん、時と場所を選ばない主張が規制されることはあるだろう。自由は絶対的なものではなく、バランスの上に成り立っている。しかし、児童ポルノをダウンロードしまくっている人が、「児童ポルノという問題など存在しない」と主張して、説得力を持つだろうか(←Tさんがそう言っているという意味ではない)。
私はテレビや音楽のようなコンテンツ産業においては、供給側に属する人間ではなく、あくまでコンテンツを消費する“ユーザー”である。ユーザー側として便利な世界を望んでいるし、無意味な対価を支払いたいとは思っていない。ネットユーザーの代表を標榜する団体のリーダーが「検証目的の複製」すら拒むというのでは、ネットユーザーに対する突っ込みどころ、つまりユーザー側の提案を拒否する理由を与えてしまうだけではないだろうか。それが、
「技術的エンフォースメントの存在には意味がなく、結果としては何も変わらない」<なんで代表がブログの Web 魚拓を抑止している団体に、こんなことを言われなきゃいけないのかとは思うがね。
と
書いた理由である。100字制限のある短い文章から、上記のような意図をくみ取れとは言わないが、私から見れば高木氏のコメントの方が「難癖」である。
※2009.9.10追記。
はてブのコメントで指摘されたが、意図的に
Web 魚拓のみを拒否しているということのようだ。ご存じない方は少ないと思うのだが、T さんはジャーナリストを自称されているのだから、これでは「
発言の検証を拒否するジャーナリスト」である。
週末にかき上げようと思っていたのですが、酒井法子さんが気になって、進みません(←大嘘)。
いや、実のところ、メールのやり取りをまとめるだけで疲れてきました^_^;
もちろん書きあげてから公開すべきところですが、某所で「この週末に書きます」と発言した手前、とりあえず現状のものを公開しておきます。
→
SkyDrive へちなみに、さきほどブック検索のデータベースを調べなおしてみたのですが、翻訳は直っていませんが「販売中」かどうかを示すフラグは、かなり改善したようですね。まだ直っていないものも、無視できない程度には残っていますが。
※2009.8.28追記。
とりあえず完成しましたが、色々事情があり、今は公開は控えたいと思います(遅くとも公聴会くらいまでには公開するつもりですが)。
といいますか、前に公開した分もよく考えたら、色々問題があるかもしれません。とりあえず削除はしないでおきますが。
今日、otsune さんが興味深い「
つぶやき」をブックマークしているのに気付いた。
「大人はみんな嘘つきだ!」と子供が言ったら、他の誰かが「じゃあどこが嘘つきなのか言ってみろよ」と求める。それに答えることが出来なかった子供は自分自身が偏見という大きなフィルターでモノを話しているのではないかと思い至る。少なくとも自分はそうやって生きてきた。
我が意を得たり、と思った。以下、タイトルに反して、あまり具体的なことが書けない面もあるのだけど、つらつらと書いてみる。
はじめて、社会人としてソフトベンダーに就職したとき、テクニカルサポートを担当した。扱っているのはコンパイラで、技術的なコミュニケーションをとる仕事は好きで希望して就いた仕事だったけれど、ときどき怒って電話してくる人がいる。「ちゃんと動かないじゃないか」
ちゃんと動かない、にはもちろん理由があるわけだが、それが製品のせいであることは実は少ない。そもそも当時のサポートは無料が当たり前で、そんなに問題のある製品を売っていたら、コストがかかってしかたがない。まあ、今でもバグの受付が有料のところは、あまりないと思うけれど。たとえば、C コンパイラの場合、たいていはプログラムが間違っているものだし、当時は ANSI C のような規格が制定されていた時期だが、その規格を勘違いしていた人もいた。「他社のコンパイラでは動いた」は理由として不十分だ。規格上、「動作は定義されていない(undefined behavior)」というものもある。そこまで調べていない人には、「動作が決まっていないのが仕様です」と答えるだけだ。
もちろん、本物のバグが報告されることもあるが、それでも対処不能なものは少なかった。何しろ自社で使っているものなのだから、製品を発売しているときにはすでに自社製品で実績を積んでいた、といってもよいものだった。そして、ごくたまに、ではあるが、プログラムが動かないことにいらついて「お前んとこの製品はバグだらけで使い物にならない」と頭ごなしに文句を言ってくる人がいた。
実のところ、それが事実なのであれば、(サポートとしては)ありがたいものだ。「バグだらけ」というからには、1つ2つのバグということではないはずで、それほどのまともなバグレポートを開発陣に知らせることができれば品質を上げることができるし、ぶっちゃけ報告者としても(社内的に)名が売れる。でも、現実には、それが事実であることはなかった。たいてい自分が遭遇したトラブルの腹いせで電話してくるだけで、そのトラブルの原因が製品のバグであることすら少なかった。まあ、コンパイラというのは、えてしてそういうものではあるけれど。
断っておくと、製品にバグなんてほとんどないんだ、とは言わない。製品をリリースするまでに行われるテストで、発見されたバグには「直さなければ出荷停止」から「将来のバージョンで対応を検討」というような優先度をつけて記録され、中には本当に直らない(直さない)ものもある。実際、出荷が近づくほど優先度の低いバグの修正は見送られる。修正することで、より深刻なバグが生じたら取り返しがつかないからだ。製品出荷時に残っているバグは、あまり深刻ではないか(限られた人にとって深刻であっても、多数には影響が少ないものも含む)、対処方法があるといったものだ。まあ、日本語固有の問題が不適切に軽視されていたケースもあったけれど。
さらに断っておくと、調べるべき仕様を調べた上で実に的確なバグを報告してくれる人はもちろんいた。実に緻密な情報とともに、どうやっても言い逃れできないような指摘してくるような人だ。そういうケースでは、まったく言い逃れのしようがなく、ただ謝るしかない。もっとも、そのような場合、相手も熟練した技術者であることが多く、頭ごなしに怒ってくることはなかった。
バグ報告する際には、本当に自分側に間違いがないかどうか色々調べるものだ。大声で“バグだ!”と言っても、「そういう仕様です」と言い返されたらおしまいだから、ドキュメントなり、規格書なりを調べて、明らかにおかしいことを指摘する(そうやって調べているうちに、実は自分の間違いであることに気づくことも多い)。そこまでせずに“バグだ!”という人は、結局、そんなに確固たる根拠を持たずに話していることがすぐに露呈してしまう。数年のサポートの経験上で言うと、
ユーザーとして一番対応しづらかったのは、かくいう私だろうと思う。
余談だが、当時「製品のバグをちゃんと公開しろ」という声が、パソコン雑誌の識者の声として掲載されていた。他社も社内にバグ情報データベースを構築していたと思うが、そういうバグ情報は一般公開されるものではなかった。「きちんとバグを公開し、対処方法を示すほうが、ユーザーの利益になる」という論調だった。私は同意していたが、実際、そんなものを公開したら、品質に疑問を持たれるのではないか、大量のクレーム来るのではないかということが不安で実現はためらわれた。しかし、なんとか社内調整して、やってみることになった。さて、どうなったか。
予想通り、サポートにはクレームの電話が押し寄せてきた。「お前んとこの製品はバグだらけ」という根拠を自ら与えてしまったわけだから、ほんとうにそういう電話がやってきた。もちろんバグを公表したところで、製品の質が下がったわけではないから、「使い物にならない」わけではない。忘れられないケースは色々あるのだが、そのひとつに「デバッガのバグのおかげで、納品が遅れている」という報告がある。別に動かなくなるバグでもなければ、深刻なものではないのに、なぜ納品が遅れる理由になるのかやり取りをしているうち、アセンブラのルーチンの出来上がりが遅い、ということがわかった。デバッガは無実だ。どうやら、バグの公表をこれ幸いと、顧客に「開発ツールのバグのせいで納品が遅れている」という言い訳にしていたらしい。そこではじめて、製品へのネガティブインパクトを思い知った。たぶん、他にもそういう言い訳に使われたケースがあったのだろう(←これは予想)。やれやれ。
まあ、電話が増えるのは予想していたことだ。予想外だったのは雑誌がこれを支持してくれなかったことだ。甘かったと言えばそれまでだが、個々のユーザーからの反発を招いたとしても、バグを公開しろと言い続けてきた雑誌や識者からは称賛されると思っていた。でも、誰も何も言わなくなった(私がN氏を嫌いな理由のひとつだ)。もちろん、ユーザーの中には“勇気”を称えてくれる人はいたが、「そうすることが結局製品の宣伝になる」という期待ははかなく消えた。社内で「ほらみろ」と突き放されたわけでもないが(あったかも)、「やるなら、やり方を考えなければね」という話になったのは言うまでもない。
閑話休題。
話を戻そう。「社会が悪い」「教育が悪い」「政治が悪い」「親が悪い」「大人が悪い」「会社が悪い」「テレビのせい」「世の中のせい」・・・その責任者の中に当人はいない。“自分は悪くない”というために、そんな抽象的なものを悪者にすれば気が済むのだろうか。具体的に問題点を指摘せず、ただ「問題だ」というだけでは、改善の糸口すらつかめない。
(違法コンテンツの)ダウンロード違法化への反対を掲げて設立された
MIAU という組織がある。その主要メンバーである津田大介氏が「
「ダウンロード違法化」ほぼ決定 その背景と問題点」という記事を書いている。ダウンロード違法化についての経緯や、違法になる範囲を冷静に解説した記事だと思うが、興味深いことに
「具体的な問題点」が何一つ書かれていない。それどころか、「あくまでネットの著作権侵害に対する萎縮効果を狙ったプロパガンダ的なものだと理解した方がいいだろう」とまで書いてある。あえて挙げるなら、「効果がなければ、より条件を厳しくされかねない」という点は具体的な指摘と言えるが、それは
「今回」の問題ではない。
かつて津田氏は「ダウンロード違法化詐欺が起きる」といったことを懸念として挙げていたが、「給付金詐欺が起きるから給付金はよくない」という理由がおかしいように、これは理由として挙げるようなものではない(この記事に、それを挙げていないのは良いことだ)。そんな理由しかあげられないようなら、むしろ「そのような間接的な問題しかないほど問題のないもの」と言える。
その一方で、小倉秀夫弁護士は、ダウンロード違法化について、高木浩光氏のコメントに返す形で「
対案や妥協策の提示がなかった理由」というエントリを書き、次のように述べている。
JASRACやテレビ局に個々人の使用しているパソコンのハードディスクの内容を検証する権限を付与する「究極のプライバシー侵害」法である「ダウンロード違法化」について,どんな対案や妥協策を提示すべきだったというのか,はなはだ疑問です。
これは(津田氏の記事にない)具体的な指摘だと言えるが、現実的な指摘だろうか。そもそも、違法コンテンツのダウンロードは、アメリカでは違法だし、このダウンロード違法化はアメリカからの年次改革要望書が元だ(小倉氏は百も承知だろうけれど)。では、アメリカでは「究極のプライバシー侵害」が行われているのかと言うと、
小倉氏によれば「米国では,ファイル共有者ではない,純粋なダウンローダーがどれだけディスカバリの憂き目にあわされているのですか?」ということだから、現実に憂き目に遭っている人がたいしていなければ問題ないということらしい。では、はたして日本では年間何人くらいの人が「憂き目」に遭うのだろうか。
※素朴な疑問として、たとえば私文書偽造罪(刑法159条)は、
「行使」しなくても「行使の目的で偽造」するだけで罪に問われるようだ。小倉氏によれば、この法律も「個人の生活にズケズケと入ってこられる余地のあるもの」と言うことになるのだろうか。
また、小倉氏は「ファイル共有者対策なら,新法は不要だったのです」とも書いているが、Winny にしろ、Share にしろ、技術的なことはともかく、「ダウンロードしかしていない」、つまり、誰かがアップしてくれたものをダウンロードしているだけで、自分は積極的にアップロードしていない、と認識している人は多いのではないだろうか(←これは予想)。「私的ダウンロードは合法」という認識でいる人に対してまで、積極的に「見せしめ」に摘発するということを行いにくいのではないか。また、問題視されている主要な侵害のひとつは「違法着うた」で、これはユーザー側からは「ダウンロード」しかしない。
映画 DVD によっては、設定を英語にすると、"Downloading pirated films is stealing and a crime"(海賊版映画のダウンロードは窃盗で、犯罪です)というようなビデオが流れることがある。日本では、こういう啓蒙活動ができない。今は、犯罪ではないからだ。「私的ダウンロードは合法」という隠れ蓑のために不快な思いをしているのは、権利者ばかりではない。正当に商品を購入している正規ユーザーもそうだ。
もし、本当に JASRAC やテレビ局が、「不当に」個人宅のハードディスクを調べに来られるケースが、そんなに多いようなら色々考えを改めることを今から宣言しておく。ただし、児童ポルノについて「法律を成立させたければ、まず私を捕まえに来い」と実名でおっしゃる方もいるくらいだから、ダウンロード違法化が施行後にもダウンロード行為を声高に叫ぶ人がいたら、そういう“目立つ人”が放置されるかはわからない(児童ポルノの単純所持規制も小倉氏は反対なのですよね?) 逆に1年くらい何もなければボロ糞に言います。
あげ足取りという言葉が、言い間違い(広い意味で間違い)を突っ込む、ということを意味するのであれば、その広い意味ではあげ足取りばっかりやってると言われても仕方がないかなあという認識はあるものの、それなら、その足をもっと高く上げるより、さっさと下ろした方がよいのではないだろうか。
閑話休題。
複製技術が進んだ今、自由に複製できるようにすれば、コンテンツの保存にも役立つ、と言われることがある。が、私は疑問を持っている。黒澤映画の著作権が監督にあるとした判決の
記事に対して、みうらゆう氏が次のように
コメントしていた。
こうやって映画著作権が延命されてる間に、フィルムの劣化とともに失われる映画も沢山出てる‥‥。(ちなみに『姿三四郎』は全長版が、『続姿三四郎』はオリジナルネガが失われてる。黒澤作品ですらこう。)
そもそも著作権が監督にあるなら、なぜ原告が黒澤監督の遺族ではなく東宝なのだろうと素朴な疑問を感じたりするのだけれど、まあ旧著作権法では監督にあった映画の著作権が、1971年の改正で製作者に帰属することになったという
主張(というか、元に戻せという主張)もあったのだから、旧法時代の黒澤映画の著作権が監督に帰属するという判断は、それほど不思議ではない。むしろ、この動きが定着したら、「映画の著作権は監督にあるものとした上で、その権利行使の一切合財を映画会社に譲渡する契約」という形をとることが監督と映画会社の間で合意できたりするんじゃないかという気もする。まあ、そうでなくても、消えてしまったナガブロさんのエントリでは、「映画の著作権保護期間が過ぎても、そこに使われている音楽の著作権まで保護されなくなるわけではない」とも書かれていたくらいだから、色々大変そうではある。
さて、著作物の保護期間と保存に話を戻すと、「保護期間を長くすると著作物が失われていく」というのであれば、実際に保護期間の短い国の方が著作物保護が進んでいるとか、そういう実例を見せる方がよいと思う(あるのなら)。実際、黒澤映画が格安DVDで出ていたのは保護期間が過ぎた(と思われていた)ためであるのだが、そのような映画を指して“オリジナルが失われつつある”というのであれば、
保護期間が短くても保存されてこなかったということにしかならない。たとえば、挙げられた『姿三四郎』について
wikipedia の説明を見ても、カットされたのは公開翌年のことで、理由は「電力節約のため」であり保護期間とは何の関係もない。そこで、
“延命されていないと思われていた”黒澤作品ですらこう、なら、それは延命を阻む理由にならないのでは?
と
コメントしたところ、
黒澤作品が延命されたことで、他の映画も同じロジックで延命される。そうなりゃ、かなりのフィルムがデジタル化できずに劣化・損傷で失われるだろって話。
と
返された。ここに冒頭の疑問がある。
かつて、あるソフトベンダーの社長がパソコン通信で(どんな理由かは知らないが)「当社の○○というソフトを持っている人がいたら、ご連絡ください。
コピーでもかまいません」と告知していたことがある。とあるテレビ局では、資料室が火事になって過去の映像を失ってしまい、一般家庭のビデオを探しまわったという話を聞いたことがある。そうでなくても、テレビの黎明期の映像フィルムはテレビ局によってではなく、業界人の個人的な意思によって保存されていたと聞く。NHK の少年ドラマシリーズは家庭用ビデオによって復活したものがある。YouTube には商品として入手できないような懐かしいプロモーションビデオがアップされている。
本来、責任を持ってコンテンツを保存しておくべき会社なり組織が、それをせず、コンテンツが消失してしまうということはたしかにある。しかし、こうした例で個人的な保存が活躍しているのは、
ほとんど保護期間内に複製されたものだ。そりゃそうだ。保存のための複製を保護期間が満了するまで待っているのでは、保護期間の満了を待たずに失われてしまう大半のコンテンツは保存できない。そして、そんな頃まで残っているくらい息の長いコンテンツなら、それこそ複製技術の進んだ今なら、どこかしらに記録が残っているだろう。
あるいは、例示された『姿三四郎』で言うなら、むしろ版元のビジネスになるからこそ、発見されたオリジナルの残骸をもとに、できる限りの復元を行って商品化する原動力になったとさえ言える。私は保護期間“延長”には反対だが、それは権利者が不明になる孤児作品が増えるという懸念があるからだ。レッシグ氏が「
保護期間を延長するより、登録制を導入すべき」というのも、
孤児作品の利用機会を失わせないようにするためで、保護をなくそうという主張はしていない。実際、保存を目的とするなら、権利者が明らかである上に、コンテンツが商品としてリリースされているものについては、“権利者の制限を受けずにデジタル化して保存する”理由がない。
そもそも“保存のための複製”を、保護期間満了まで待つ必要があるのだろうか。洋画の字幕付き上映用フィルムなどは、上映期間が過ぎると破棄されてしまうものも多いらしい(もちろん、映画館で再び上映する機会が見込めないような作品で、DVD などで発売するときには直接上映用フィルムを使わないからだろうが)。一方、
国立国会図書館法の第二十四条には
国会図書館に納入すべき出版物として図書や小冊子だけでなく「映画フィルム」が明記されている。これが現実には機能していないらしく、
東京国立近代美術館フィルムセンターで一部が収集されている程度だそうである。
こちらの記事によれば、
フランス、カナダはすべての映像作品に、韓国は映画のみだが納本制度がある。
先進国で映像の法定納本制度が実現していないのは英国と日本のみ。
という状況らしい。日本もコンテンツ大国を目指すのであれば、保護期間とは関係なくコンテンツの保存というものに力を入れるべきではないだろうか。ちなみに、そうした映像作品を「図書館だから」という理由で、無料上映する必要まではないと思う。そんなことをしたら、映画会社が拒否反応を示すだろうし、何より図書館の運営が大変になるだろう。そのあたりは、ちゃんと映画会社と折り合いをつけられるような、しかし将来にわたってきちんと保存できるような機能する制度にしてほしいと思う。
クレオパトラの鼻の高さを議論したところで、正確な値はわからないのだから、録音なり、正確なメモがあるなら、それが一番望ましいのだけれど。
閑話休題。
文化庁の川瀬真氏の発言が注目を集めている。CNet の見出しは、こうだ。
「違法ダウンロードは社会正義に反さないが、権利者に悪影響」
そして、本文では、このように紹介されている。
「個人のダウンロード行為が社会正義に反しているということではなく、それらが積もることで権利者などに悪影響を与えているということ……」
なんということだ。
著作物流通室長という肩書きの人が「ダウンロード行為が社会正義に反さない」と断言しているというのだ。これは大きな驚きであり、それだけに反響が大きい。ところが、
日経BPのニュースでは、いくらか表現が違っている。
ダウンロード違法化に限定条件を付け、罰則を設けなかったことについては、「ダウンロード違法化の背景は、個々のユーザーがパソコンなどで複製すること自体が社会正義に反するというよりも、さまざまな方がファイル交換ソフトやインターネットを使ってダウンロードすると、総体として正規配信に悪影響を与えているということ。
これでは「社会正義に反しない」と言っているようには読めない。次の例文を考えてみよう。
あなたを雇った理由は、美人ということではなく、頭がいいということです。
これは「美人」であることを否定していない。理由でないと言っているだけだ。だが、CNet の説明文には、そうした前提としての表現であることが書かれていないし、見出しはハッキリ「違法ダウンロードは社会正義に反さない」と書いている。日経BPのニュースは違う。違法化の理由(背景)として、社会正義に反する“よりも”正規配信に悪影響を与えていると比較して示しているだけだ。常識的に考えれば、日経BPの報じているような話し方をしたのではないかと推察される。
プレスリリースを書くとき、いかに「人に読んでもらう見出し」をつけられるかは、かなり重要なポイントになる。記事もそうだろう。どうすれば注目を集める見出しにできるかは大事なことだ。だが、
今回の CNet の見出しは「やりすぎ」だと思う。
鳥さん、鳥さん、ではなかった。
閑話休題。
あまりフィルタがかかっていないであろう、中山信弘氏のこのあたりの発言(
※1、
※2)を見る限り、中山氏は、なんでもかんでも“フェア”に分類できると思っているわけではなさそうだし、(記事によるけど)権利者側の立場に理解が示されていることもあったように思うから、せいぜい「権利者側が何でもかんでも著作権侵害だと騒いだところで現実味がないですよ」程度の意味じゃないかと思うんだけれど、どうだろう。まあ、中山氏がそれを言う時に、「論文を書くとき、他の論文を参照するのに、いちいち許諾を得たりしていない」とか例示していて、「論文なんて引用されてナンボのものなんじゃないの?」と返したくなったりするわけだが。
ところが、どうも「著作権侵害を一切したことのない人間はいない」から「逆の立場で考えたら、他人の著作権侵害を咎めることなどできない」という主張している人がいるような気がする。いや、日本語が読めないだけかもしれないけど、じゃあ他にどう読み取れっていうのか、というか、それ日本語なの? と思ったり。そりゃ、まあ、私も車線ないような狭い道路で車が来ないからって赤信号を渡ったことがない、とは言わないが、だからといって猛スピードで車を走らせる運転手に文句をつける権利がなくなるんだろうか。そうやって“違い”を無視して、全部同じものだということにして(できないけど)、「お互い様」論を発したところで、そりゃあ話を聞いてもらえないというのも当然だと思う。
もちろん、自分の作品なら、何したっていい。どんな条件をつけようと、それは“君の自由”だ。世の中には「そんなことをされちゃ、こっちのビジネスに差し支える」と言う人がたしかにいたけれど、そんな意見は半透明の袋に詰め込んで月曜日の朝に玄関先に出しておけばいい。だが、君がそうするから、他の人も従えというのは、おかしい。そこは私の(あるいは誰かの)自由だ。(何度も書いているが)そこがストールマンとレッシグの違いでもある。オルタナティブにも
書いたけれど、著作物といっても、その内容や目的にはさまざまで、無料でも広まるとうれしいもの、有料でなきゃ困るものが色々あるのに、全部ごっちゃにして論じても説得力ないね。というか、そんなので説得されている人のリテラシーを疑うね。
と、まあ、そんなことを思っていたら、こんなつぶやきがあった。
Share個人情報流出に著作権法を適用して逮捕。本筋の個人情報流出で摘発できないから、便法として著作権侵害が利用された観。2年前の児童写真のHP転載事件もこれに近い。「別件逮捕」と主張する気はないが、著作権法をこう都合よく利用するのは実に厭な感じ。http://to.ly/nEP
(http://twitter.com/Tristan_Tristan/status/2912701701)
なぜ厭かというと、中山先生いうように著作権侵害を一切したことのない人間はいないから。著作権侵害は親告罪だが、警察の捜査は可能(逮捕できるかどうかは微妙だけど)。要は事実上誰でも取り調べの対象にできる。まして非親告罪化とか共謀罪適用とかされたら… http://to.ly/nEU
(http://twitter.com/Tristan_Tristan/status/2913101478)
つまり、「著作権侵害を一切したことのない人間はいない」から「警察は誰でも捜査ができる」、それが厭、ということ? 私も警察に全面的な信頼を置いていないし、現に、上九一色に宗教団体が押し寄せて問題化したときなど、ちょっと他人の庭に足を踏み入れただけで「住居侵入罪」で逮捕してたらしいなんて覚えもあるから、使える材料は何だって使うという状況はあるかもしれない(滅多にない、とは思っているけど)。でも、著作権侵害って非親告罪化されたところで、被害届は要るんだよね? 消えてしまったナガブロさんのところにそう説明されていたんだけど。というか、被害届もなしに、著作権侵害って判断できるの? というか、「著作権侵害されたぁ」と警察に行けば、いつでも動いてくれるんだ、なんて期待を権利者側はしていないだろうし、現実そんなことはないと思うけど。というか、だからって住居侵入罪なんていらない、わけじゃないよねぇ。というか、どれだけ優香が好きなんだ、俺は(意味不明)
もちろん、横暴な警察とか、密室の取調べという問題は、著作権に限定せずあるわけで、取調べの可視化とか色々実現してほしいことはある。あるんだけど、そんな「風が吹くと桶屋がもうかるから厭」みたいな間接的な理由をいくら並べても、やっぱり説得力には欠けると思うなあ。それこそ、ダウンロード違法化はとりあえず既定路線になっているようだから、1年くらい警察が横暴の限りを尽くすのかどうか見守ってみたらどうだろう。
余談。これも前に書いた気がするけど、(ダウンロード違法化は刑事罰ないけど)刑事じゃなく民事でやれって意見がある。もっともだと思う反面、民事で損害賠償請求するのって、弁護士費用とか色々考えると、それなりの損害額になるものでなければ赤字になってしまうから、見せしめ目的でしかやれないだろう。そういうコスト面の問題を解決するために「懲罰的賠償制度を導入してもいいから民事で」というなら、その主張は合理的だと思うけど、そうでないなら安易に口にしない方がいいだろうね。チリも、たいして積もらなければ小山にすらならない、ってのは、たとえば MIAU あたりは、よーく身にしみていると思うんだが。
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