mohno

ドメインに関する話題を取り上げます。と思いましたが、まあ色々と。

やっぱ、こっちにも少し書いておこう
目線の高さという問題はたしかにあるんだろうけど、たぶん、それだけではないだろう。それに、塀を高くして道路からの視界を遮りすぎると、いったん入り込んだ泥棒が何をしていてもわからないという作りにもなってしまう。典型的な垣根って、必ずしも完全に隠すってわけじゃなくて、少しは見えるくらいのものが多いんじゃないだろうか。高い“壁”で自宅を囲っているのって、都会の方が多いよね。

実際、視線が低いという LOCATION VIEW も、我が家にとってはあまり違いはなかった。ちなみに、この前は LOCATION VIEW ってアカウント取らなくても使えた気がするけど、今みたら、No Image になっている。Street View の影響かな。画像は Street View よりも粗かったと思うが。

結局のところ、対象(とくに通常わざわざ公開するようでないもの)が、どれくらいはっきり映っているかどうかが問題なんじゃないか。だって、Google Maps にしろ、Virtual Earth(Live Search Maps) にしろ、航空写真の場合の視線は無茶苦茶高いわけで(←普通、そういう表現はしないだろうが)、仮に今より100倍くらい高い解像度で画像が提供されたら、絶対に問題になるよね。完全な塀で囲まれたプライベートな場所を上から覗き込んでいるわけだから。

現に Google Maps で中央線を西にたどっていくと、三鷹駅を過ぎたあたりから解像度が粗くなる(というか、最詳細な画像が見られなくなる)。Virtual Earth も同じで、こちらは西荻窪と吉祥寺の間に境目がある。これはデータ量の問題じゃなく、マンション中心の都心より、(やや広い)一戸建てで個人宅の情報がわかりやすくなるからなんじゃないだろうか(社内でその手の知り合いはいないから、本当のことは知らないけど)。

テレビだって、スタンダード画像とハイビジョンでは、化粧が違ってくるらしいし、あまり詳細な画像なり動画というのは、サービスを提供する側が遠慮するんじゃないか、普通。それこそ、ちょっとスナップ写真撮ってもいい?と訊いてコンパクトカメラで撮影したのだとしても、実は1億画素くらいの解像度があって(そんなカメラは今のとこ、ないけど)、いやらしい部分だけ、すごく拡大してネットで公開するという場合に、「だって、いいって言ったじゃない」という理屈は通らないような気がする。

そういう限度が、少しばかり過ぎてしまったということなのかなあ、と思ったりするわけだ。ただ、まあ、立場上、そんなにフォローするつもりはないけど、生真面目な社員が、ユーザーのことを考えて徹底して細い道まで走り回ったという見方だってできるわけだけどね。ランダムに地域を選んで、その住人の人たちにまとめてアンケートとってみたら面白いかもね。

というか、ドメイン登録していると、普通に住所は公開されてしまう(プライベート登録といって非公開にする方法がないわけではないが、本来、推奨されていないし、悪意の登録と誤解されるおそれもある)。「凄い」と言われたいのはわかるけど、あんまり解像度が高いのは勘弁してほしい(削除の連絡すれば消してくれるんだけど、デフォルトで、という意味で)。あと、擁護派の人は、マイクロソフトが同じサービスを提供したとしても同じように擁護するのかは、ちょっと気になるところ。

投稿日時 2008年8月15日 3:19 投稿者 mohno : 0 コメント

robots.txt
User-Agent:Googlecar
Disallow:

投稿日時 2008年8月13日 4:14 投稿者 mohno : 0 コメント

五輪ピック
たまたま夕食をとった寿司居酒屋にあったテレビでオリンピックの番組を見た。いや、オリンピックを真剣に見ていたのはロサンゼルスくらいなんだけど、妻が「オリンピックを無視していると、子供を世間の話題から遠ざけることになるから、今年は応援することにした」らしい。

中継されていたのは柔道。ちょうど谷亮子選手が準決勝で負けたところだった。三連覇を逃したのは残念だろうけど、やっぱり「銅メダル、おめでとうございます」というべきだろう。それと3位決定戦で勝った時の、手をあげて、おじぎをするというしぐさが、やっぱり柔道ってこうだよね、と思わせる。誰だ投げキッスとかしているやつは。というか、あの青い柔道着ってだけで、なんだかなー、と思うわけだけど。

投稿日時 2008年8月10日 0:50 投稿者 mohno : 0 コメント

メモリーポータブルシステム
自宅のリビングにスピーカーが設置してあるのだが音が出ない。メインシステムにあるモノが倒れて(物理的に)破損してしまったからだ。だから、自分の部屋のパソコンでは CD を再生できるけど、リビングでは CD すら聴きにくい状況になってしまっている。そういうこともあって、「CD ラジカセ」(まあ今時“カセ”は要らないけれど)でも買おうという話になった。「CD コンポ」でもいいけれど、どうせ据え付けしないならリビング以外にも持ち運びたいからだ。

ヨドバシにいって選んだのが「RD-M1」というメモリーポータブルシステム。本当は SD メモリカードに対応している方が融通がきくと思ったのだが、「音質が悪い」(ポータブル機に何を期待している、という話はあるかもしれないが)とか「持ち運びできない」とか、まあ、これだって内蔵メモリ(1GB)とか USB メモリへの接続はできるのだからということで、これにした。

買ってみて(というか買うときにカタログを見て)驚いたのがケータイ接続の機能。USB メモリにつなぐだけでなく、MagicSync というシステムで USB でケータイにつないだ上に Gracenote のデータを使って CD の曲名を取得できるのである。CD の規格が制定されたのは、時代が時代だからしかたがないけれど、音情報を何の圧縮もせず、曲名情報もなしで(ほんとうにレコードの代替として)収録しているだけ。だから、Gracenote(楽曲情報データベース)は本当に便利。これが自動でシンクロできるんだから、便利な世の中になったものだと思わずにはいられない。「んー、別にオンラインで楽曲買えばデータに曲名情報は付属してるよね」というなかれ。やっぱり DRM のない CD から離れられないのだ。

それにしても、ガラパゴス携帯って、なかなか手ごわいよなあ、としみじみ感じた次第である。

投稿日時 2008年8月10日 0:28 投稿者 mohno : 0 コメント

Compostable Spoons
1週間ほど出張していたわけだけれど、今回やたら目についたのが Compostable な食器。コンポストというと生ゴミをたい肥に変える容器を思い浮かべるけれど、そういう容器に入れて生物分解されるという食器のこと(スプーンとかフォークとか)。イベント会場とかオフィスで、当たり前のようにコンポスタブルな食器が置かれていて、ちゃんとコンポストと分類されたゴミ箱に入れることになっている。まあ、石油を使わなくても製造できるという点ではエコなのかもしれないが、最近の穀物の値上がりは、まさにこういうところに由来しているのだろうなあと思うと、かなり複雑な気持ちである。そもそも、エコを考えたら「洗浄して使いまわす」方が良いんじゃないかという気もするしね。

ふと思い出すのは、前職に入社したばかりの頃。20年くらい前だが、あるデザイナーの絵を使ったTシャツをノベルティとして作ることになった。この絵が「煙草をふかしているおじさん」だったのだが、くしくも当時の米国は“嫌煙ブーム”。米国の製品担当者にノベルティだと言って見せたら、これは「アメリカでは着られない」と言われた。不思議なのは、こういう動きが“ブーム”として去ってしまうことだ。この頃は、映画などでも無用な喫煙の場面は避けられていたと思うが、その後、(危機感を覚えたタバコ会社の努力により)だんだん復活してきた、という話をテレビ番組(CBSドキュメントだったかな)でやっていた。

その前職時代、リサイクルの流れに乗って、マニュアルにリサイクル紙を使ったり、発泡スチロールの代わりに段ボールで緩衝剤を作ったりしていていた。見た目は悪くなるがマニュアルの表紙をテカテカさせるコート加工も見送った(その方がリサイクルしやすいからだ)。リサイクルって何となく誤解はありそうだが、必ずしも「安上がり」なわけじゃない。というか、変わらないか高くつくことの方が多い。エコに配慮していることが会社としてのアピール材料にならなければ、そういうものを選択するのはなかなか難しいのである。

それこそ上記のコンポスト食器だって、たぶんプラスチックの使い捨て食器より高いのだと思う。そりゃ、まあ、嫌煙活動だって、路上喫煙禁止の流れが元に戻ってきていたりはしないように、一度エコ重視の姿勢を進み出したからには、なかなか後戻りはできないだろう。でも、なんとなく、どこかで、このエコブームが冷えるときが来るんじゃないか、という気もするのである。

投稿日時 2008年8月5日 4:16 投稿者 mohno : 0 コメント

「文脈」とか「空気」が言い逃れだという件
SiroKuro さんのはてブコメント「文脈を読めないor空気読めない人の泣き言に聞こえる」について、「空気とか文脈とか言うのって所詮言い逃れでしょ。」と書いた件についての、今更ながらの補足。

実のある議論を考えるなら反対意見がどんな立場から出てくるかわからないわけで、「文脈」に頼った議論というものは、そもそも論破されやすいのではないかなあ、ということ。今回の件でいえば、医療関係者の「文脈」だけで話を盛り上げたところで、患者側(あるいは一般人)に受け入れられないものではしかたがない。いわば医療関係者の司法不信を制度で対処しようとすることが(できないと思うけど)できたら、間違いなく患者側の司法不信(というか立法不信かな)を招きそう。まあ、医療関係者の話を聞いて鬱憤を晴らすこと自体が目的なら、それもあるんだろうけど、そうじゃないよね?(いや、実はそれが目的? ならば、それこそ本当に空気が読めてないわけだけど)

別の例として、「商用サービスが提供されていなかったものについて、著作者等に許諾権を与えるというのは立法論的には不適切」(このエントリの 07/11/2007 14:36のコメント)という主張を考えてみる。これを文字通り解釈すれば、著作物が商品として(対価を払って)入手することができないのであれば、そもそも著作者(というか著作権者)に複製を禁止したり許諾したりする権利を与えることは、法律として適切なものではない、と解釈できる。ところが、著作権法というのは巷で言われているほど不便な法律ではなく、禁止されているのは「許諾のない複製」だけで、許諾があれば複製したり改変することも適法である。

ということは、このように主張する人は(ましてや法律家なら)、商用サービスが提供されていない自分自身の著作物について許諾権を行使しないだろうというのが、普通の解釈だろう(っつーか、エントリ本文の“文脈”を考えても、それ以外の解釈はないと思うけどね)。ところが、このエントリのコメント欄を見ればわかるとおり、そのような話の流れになっていない。いつか、どこかで「文脈」を勝手に設定して、これに反する主張をなかったことにしようと思っているのか、二枚舌を自認しているから主張に一貫性がなくても平気なのかわからないけど、まあ後者かな。

まあ、こちらの最後でも触れているけど、「(私の)粘着に参る」というような人が、別の人のエントリに関わり続けて「ここまでしつこい揚げ足取りは初めて見ました」と言われているのは、なかなか珍妙な光景ではある。もちろん、私は“粘着”しているのではなく、おかしな意見を批評しているに過ぎないんだけどね。

途中から別の話になっているんじゃないかと言う人、おっしゃる通りです。:-)

投稿日時 2008年8月5日 3:01 投稿者 mohno : 0 コメント

そういうわけで
ディズニーランド2泊3日の旅、であった。ああ、焼け跡がヒリヒリする。色々コメントしたいところではあるが、とりあえず「「音楽業界を志望する学生が聞き落とすべきでない洋楽100」(ただし、やっと約3分の2)」は気になったので、リストアップされていない候補を挙げておく。

Howard Jones - New Song
INXS - Need You Tonight
Kajagoogoo - Too Shy
OMD - Dreaming
Van Halen - Jump
Wham! - Wake Me Up Before You Go Go
XTC - Mayor of Simpleton
Yes - Owner of a Lonely Heart
ZZ Top - Legs

これで A-Z が揃う。

投稿日時 2008年7月24日 2:11 投稿者 mohno : 0 コメント

デジカメを買った
ヨドバシカメラ(秋葉原)へ行って、RICOH R8 を買った(ちなみに所有者は妻である)。サイズが一回り大きくなったのは本当に残念だが、広角側が十分なこと(28mmくらい~)、ズーム倍率がいいこと、浜崎あゆみ/きみまろが宣伝していないこと(←LUMIX は、ここで脱落した。もちろん妻の意向)など、考えたら結局 R8 になったというわけだ。唯一の欠点だと思っていたストロボの光量が改善されているように見えたというのも理由のひとつである。

ちなみに、バッテリーの型が違っていたのは残念。同型なのは Caplio R6 からだったかー……というか、買ってからバッテリーが小さいことに気付いたのだが、Caplio R5 では標準撮影枚数が380枚だったのに、RICOH R8 では270枚になっている。ざっと3割減。R5 では、バッテリーは全然なくならないのかと思うくらいモチがよかったからなあ。まあ、困らないことを願おう。ちなみに、OLYMPUS μ790SWは、結構すぐにバッテリーがなくなる。

ついでに、3割引になっていた8GBのSDメモリを買った。SanDisc Extreme III とかいう、速そうなもので7000円弱。で、御徒町方面へ歩いて行く時、上海問屋という店を見つけて Transend の 8GB SD を \3,480 で買った(←おい)。そういえば、ヨドバシで外付けHDDも1TBで22,000円だった(買わなかったけど)。なんかこう、「クラッシュしたら相当泣きそう」ってことが思い浮かんでしまう。

投稿日時 2008年7月20日 1:06 投稿者 mohno : 0 コメント

デジカメが壊れた
壊れたのは RICOH Caplio R5。何しろピントが合わない。あれー、どこかで見た話だな、と思ったら、はてブ経由で見かけた「【第3回】史上初!? 思い付きで生まれた「セミ魚眼付きコンパクトデジカメ」」じゃないか。こちらでは壊れたカメラが Caplio R6 となっているけれど、現象が似ている。つまり、「レンズスライディングシステムが作動不能らしく、ピントが合わない」 あの仕組みは壊れやすいものだったのか?(というほど丁寧には扱っていなかったんだけどね) いや、あのサイズで7倍ズームなんて、ありえないと思うくらい、いいアイデアだと思ったんだけどなあ。

もっとも、いきなり魚眼付きデジカメにするつもりもなかったので、修理見積もりに出した。それで、出てきた金額が二万三千何百円だとか。あたりまえだけど、工場で作られる商品と、職人が手間をかけて行う修理では、当然後者の方が手間がかかるわけで、金額が高めなのは仕方がない。けれど、「オークションで中古が買える値段」どころか「新品が買える値段」に近い。結局修理は見送った。エコじゃなくてごめんなさい。

でも、それなりにいいわけがある。だいぶ前のことだが、某社のビデオデッキが壊れたので(レンタルビデオのテープを噛んだまま動かなくなってしまった)修理に出したのだ。当時の見積もりは4万円ちょっと。この頃でも新品が買えそうな値段だったわけだが、(別に機器に愛着を感じるタイプではないのに)修理して使い続けてやろうと、修理してもらうことにしたのだ。ところが、修理されて戻ってきたビデオの調子が悪い。だいぶ後になって、その会社の経営状態が悪く、技術者がやめて技術力が落ちているという話を雑誌か何かで読んだ。まあ、そんなことに関係なくて、修理前の品質にまで易々と戻せるわけがないってことかもしれないけど。まあ、某フィルムスキャナとか有償の修理期間も過ぎて、どうにもならなかった、なんてケースもあるのだけど。

そういうわけで、またコンパクトデジカメを買わなきゃ、という状況。来週には必要なので、週末に買うつもりだけど、何がいいんだろうなあ。

投稿日時 2008年7月19日 2:25 投稿者 mohno : 0 コメント

「小女子を焼き殺す」と2ちゃんねるに書いて逮捕って
KSTK さんが「ネットでの犯行予告は犯罪だとしても逮捕まで必要なの?」と嘆いていらっしゃるわけだが、ほんと、こんな状態がいつまで続くんだろうねぇ。1995年にはオウム、オウムと言っていたのが、年末年始のおめでたい番組を境にけろっと下火になったみたいに落ち着くんだろうか。崎山伸夫氏が「犯行予告狩り」と見事に指摘する通り、こうなってくると誰が問題なのかわからなくなってくるよ。そりゃもちろん、ふざけてでも「犯罪予告」みたいなものを書いた人が一番悪いんだろうけどさ。で、久々に yokoku.in を見たら「今月の逮捕者の数=16人」って……。

しかし、興味深いのは2ちゃんねるの書き込みで、あっさり個人が特定されて逮捕されているらしいこと(あっさり、でもないのかもしれないが)。2ちゃんねる、って典型的な“匿名掲示板”だったと思うんだけど、どうやって個人を特定しているんだろう。ISP から情報提供でも受けているの? まあ、私は使ってないから、どうだっていいんだが、あんなに簡単に個人が特定されるんなら、匿名による誹謗中傷とかって、実は取り締まろうと思えば、ずっと簡単に取り締まれるんだろうか、と思ったりもする。

投稿日時 2008年7月19日 2:00 投稿者 mohno : 0 コメント

わかっていないわけではないのだが
あの件については、後でこっちに書くつもり。

投稿日時 2008年7月19日 1:46 投稿者 mohno : 0 コメント

著作権と契約、そして他者を巻き込まないでほしい件
実のところ、はてブで hatebu_music さんの以下のコメントを見つけるまで気がつかなかった。
池田信夫氏はmohno氏のコメントを削除し反論させなくした後、mohno氏に対し侮辱的な発言を繰り返してる。「いわずもがなだが (池田信夫)」←魚拓とっておいた。http://bit.ly/4aOP7I
対象は「Gross National Cool」というエントリで、このエントリでは、結論として次のように書かれている。
……そのためにはベルヌ条約を脱退して著作権を廃止し、契約ベースで多様な情報の流通形態を創造する実験を、日本が世界に率先して始めてはどうか。
これに対して、私ははてブで次のようにコメントを書いた。
自分の著書の著作権はいつでも廃止できるよ。まあ、自分で実践しない主張は、強く言うほど説得力を失うわけで。あと著作権(copyright)=複製権という意味で、デザイナの話は意味不明。他にも色々。
そして、池田氏はコメント欄で次のように指摘している。
いわずもがなだが (池田信夫)   2008-07-15 14:52:09
 
「著作権法を廃止する」ことを「すべてコピーフリーにする」ことと取り違えている人がいるようだけど、著作権法は「無制限の下流ライセンス権」という特殊な権利なので、これを廃止しても財産権は有効です。下流ラインセンスについては契約で自由に決められるが、著作権法が既定値を権利者に異常に有利に設定しているため、そうした契約が不可能なのです。リンク先のBoldrin=Levine参照。

これを何度説明しても理解できないで当ブログを追い出されたmohnoが、まだ執拗にイヤミを繰り返しているが、小倉氏も高木氏も、君のストーキングには迷惑してるよ。MSって、日本語が読めなくてもつとまるのかね(笑)
私がエントリを理解していないとか、日本語が読めないとお考えの方は(まあ、そうでない方も)、エントリ本文の最後を読み直していただきたい。
……ベルヌ条約を脱退して著作権を廃止し……
私のコメントは、まさにこの「著作権を廃止」という表現をそのまま使っているだけだ。ここでは、コピーフリーにさせろというな、とは書いていない。他のはてブのコメントで、そのように捉えているものはあるから、それはそれで表現に注意した方がよいとは思うが、それらは私のコメントではない。次のエントリ「著作権は必要か」では、著作権の代わりに何段階かの契約を用意すればよい(コピーフリーにするわけではない)と言及しているのだが、そうであれば「自分の著書について著作権の廃止を表明した上で、シュリンクラップ契約を使う」ことにすればよいわけで、私のコメントとも矛盾するところはない。

実際、著作権に頼らず契約ベース(当事者どうしの合意)で著作物を扱うことは、現行の著作権法に違反すらしない。著作権法で制限されているのは「許諾のない複製」(私的複製などの例外を除く)であって、契約する当事者の合意が得られているのであれば、著作権法の範囲を超えて複製することに問題はないからだ。また、著作権法を緩める方向であれば、一方的に条件を示すだけでよい。たとえば、GPL のようなライセンスについていえば、(普通なら複製できないところ)「GPL にしたがって改変したソースコードも公開する」ことを条件として、複製を認めているわけだ。この条件に合わなければ複製はできない。逆に、一方的に条件を厳しくすることはできない。私的複製を禁じるとか、引用を禁じるといったことは互いの合意がなければ成立しない。

だから、池田氏は自身の主張を自身の著書にあてはめることは、現行の著作権法の下で何の問題もなくできる。もちろん、それを引き受ける出版社があるかどうかは別だが、自分の関わる出版社すら説得できないのに、他の著作権者を説得することなどできないだろう。「自分で実践しない主張は、強く言うほど説得力を失う」と書いたのも、そのためである。

すべての著作物にあてはめることの現実性はともかく、著作権法を超えて契約ベースにすることは技術的には可能だし、実際に行われている。上記のように一方的に通告することで著作権よりも緩やかに複製を認めることもあるし、逆に契約によって条件を厳しくすることもある。たとえば、一般的な商用ソフトウェアには「使用許諾契約書」が付属しており、シュリンクラップ(開封時)またはクリックラップ(インストール時)に、これに同意しなければソフトウェアを使うことはできない。たいていの使用許諾契約書では、(著作権法で認められている)私的複製を禁じている。このように契約ベースの話をするなら、「著作権の既定値が強い」ことは、あまり問題はないのである。むしろ規定値が弱ければ、法律に沿わないケースが増え、ソフトウェアのように使用許諾契約が前提になってしまうだろう。後者のエントリに以下のようなコメントをしたのは、そのような懸念からである。
「契約を消費者と結べばよい」<まあ、そうなんですけどね。→ http://tinyurl.com/69uozr。契約が有効なのは当事者だけだし、間違いなく条件は厳しくなって、レンタルCDとか古本屋は消滅するでしょう。
契約ベースに移る目的は、法律による保護では不十分だと考えられるからであり、まさに著作権法がなくなれば皆が契約ベースに移ることになる(これは池田氏の今回の主張でもあるのだが)。その場合に、はたして今より著作物利用の自由度が高くなるだろうか。契約は当事者どうしにしか意味をもたないので、効力の及ばない流通を防ぐために「貸与」や「複製」が禁止される可能性は極めて高い。そうでなくてもレンタルCDや古本ビジネスに不満を持つ業界が、こぞって厳しい“契約条件”を突きつけてくる恐れがある(もちろん、消費者がそれを受け入れなければよいわけだが)。私は消費者として、そんな世の中になることを望まない。

もっとも、池田氏の著作権への主張における私の提言は「ご自分の主張を、ご自分で実践せよ」ということに尽きる。ブログは自由に複製させても著書には著作権を主張する、というものでも、もちろんかまわない。レコード会社は「評価用に配布するものと、売り物は違う」と“池田氏の主張に倣う”ことができるだろう。今は世の中が成熟していないから実践できない、でもいい。映画会社は「今は世の中が成熟していないから著作権を主張」と“池田氏の主張に倣う”ことができるだろう。現在の著作権者は、おおむね池田氏の“行動”に倣っているのだから、それが不満なのであれば、(版元の都合だとか、トラブルメーカーがいやだとか言わずに)自ら実践して見せるべきだと考えるのは、ごく当然のことではないだろうか。

さて、冒頭の池田氏のコメントには、もうひとつ興味深いことが書いてある。
小倉氏も高木氏も、君のストーキングには迷惑してるよ。
“高木氏”がセキュリティで知られる高木浩光氏であることは容易に推察できるのだが、このように名前が出されたのは、ある事情が推察される。以前に「天羽優子氏の記事についての公開質問状」というエントリのコメント(2008-02-01 20:42:11)で、
先日、ある学会でTさんとOさんに会ったとき、2人とも「mohnoさんの粘着には参る」と言ってました。
と書かれたことがあったのだ。この後、たまたまTさんとやりとりしたときに、この話を持ち出したら、Tさんは「それは私ではない」と否定された。そういう経緯が何らかの形で池田氏に伝わって、池田氏は今回、(あえて“Tさん”が高木氏であることを私に示唆しようと)実名を挙げたのだと思われる。

(理由はよくわかっていないが)私が高木氏にネガティブに思われていることについては、はてブで「私の名前を持ち出して……吹聴している」という指摘を受けて以来、気づいているところでもあり、実のところリンクもはてブのコメントもあまりしていない。もちろん、とくにコメントで指摘する必要を感じることがあまりないということはあるのだが。

今回のコメントについては、そのような状況を見た池田氏が「高木氏が mohno を迷惑に思っている」と推察したものだとも受け取れる。しかし前回のコメントでは「学会で粘着に参るという話をした」という事実をあらわしたものだから、推察という話ではない。この件について、高木氏本人に確認したところ、「mohno氏から粘着されたという事実は存在しない」ため自らそのような発言をすることはない、というお答えをいただいた。つまり、前回のエントリにおける“Tさん”は高木氏ではない。実のところ、それを断言できる理由は他にもあるのだが、先に書いたとおり当のTさんも発言を否定しているのだから、この記述は、よく言っても池田氏が針小棒大に表現したか、悪く言えばただの創作ということになる。これは、関係する人々の信頼を損なうものでしかない。

どんな形にせよ(巻き込みたくない)他者を巻き込んで議論を進めようとすることは、やめてほしい。今回の件についても、(くだらないことに巻き込まれそうという点で)高木氏から苦言を呈された。さらに、私は仕事で書いているブログを別にすれば、この場所でもオルタナティブでも勤務先の意見を代表してはおらず、個人の立場で書いている。勤務先にからめて、揶揄するようなこともやめてほしい。これは、議論の手法として、まったく好ましいものではない。

投稿日時 2008年7月17日 2:15 投稿者 mohno : 1 コメント

すごい雨
今日のお昼にすごい雨が降りました。華屋与兵衛で遅い昼ごはんを食べていましたが、息子が「雨が降って来た」というので自転車のカゴに置きっぱなしにしていた空の袋を取りに行ったら急に雨足が強くなり、戻ったころにはバケツをひっくり返したような雨になっていました。雷も鳴り、窓から見える道路は水浸しで、息子ははしゃいでいました。そして、雨は30分ほどで止み、よい天気になりました。もう梅雨も明けそうな気がします。

布団を干したまま出かけていたことを思い出したのは、自宅に着く直前でした。妻は天窓を開けて出かけていたため、部屋の一部が水浸しでした。

投稿日時 2008年7月13日 0:05 投稿者 mohno : 0 コメント

幻の合意点:医療関係者は矢部弁護士に近寄るべきではない
※2008.7.10 重要な追記。
さきほど矢部弁護士から、以下のコメントをいただいた。

私のブログではコメントの承認制はとっておりません。
 原則として自動承認自動公開です。

 しかし、ブログシステム組み込みのアンチスパムを作動させています。
 どのような仕組みになっているのかはわかりませんが、ときどきスパムコメントでないコメントもシステムがスパムと判断しますとスパム扱いとなって非公開処理されます。
 できる限り1日1回はスパムフォルダをチェックするようにしていますが、2~3日チェックをできないか失念するときがあります。

 なぜかわかりませんが、mohno さんのコメントはスパムチェックにひっかかっており私がそれに気づくのが遅れた結果、公開されるのが遅くなりました。

 コメント公開が遅れたことはお詫びいたしますが、mohno さんの上記エントリは前提を誤っていることは指摘させていただきます。

2つものコメントが公開されなかったことで、以下のような印象を受けたわけだが、上記の事情であるなら「たまたま不運であった」ということだろう。記録のため下記を抹消しないが、この追記を持って撤回する。

先のエントリ「医療問題論争に終止符は打てるか?」について、正直なところ、こんなに早く結論が出るとは思っていなかった。というのもコメントが掲載されても、それを見た医療関係者のすべてに合意してもらえるとは思っていなかったからだ。多少なりとも議論が巻き起こるのではないか、しかし最近のコメントのようすから、しばらくすればそれも落ち着くのではないかと考えていた。だが、話にならない。なぜなら矢部弁護士は、私のコメントを公開しなかったからだ。

先のエントリに追記したとおり、他のエントリへのコメントは公開されるのに、私のコメントは公開されなかった。そこで、コメントが更新されている別のエントリに、以下のようにコメントした。
昨日、以下のエントリに対して、
http://www.yabelab.net/blog/2008/06/15-165020.php
以下のエントリに書いたコメントを投稿したのですが、承認されていないようです。承認に時間がかかっているだけなのかと思いましたが、別のエントリのコメントは承認されているようですので、こちらのコメントとして投稿します。
http://domainfan.com/CS/blogs/mohno/archive/2008/07/09/1958.aspx

古いエントリなので見落とされているのかもしれませんが、とくに医療関係者の方々に対して不適切な表現はないと思いますが、何か問題のある表現があるようでしたら、具体的にご指摘ください。
とくに問題がなければ、上記のコメントを公開くだされば、このコメントの公開は不要です。

よろしくお願いします。
しかし、その後もほかのコメントが公開されるのに、私のコメントは公開されていない。私のコメントのどこかに、矢部弁護士や医療関係者に対して、いくらかでも失礼があっただろうか。私はそうは思わない。一方、矢部弁護士は、以下のようなコメントは公開している。
No.110 法務業の末席 さん | 2008年7月 1日 08:53

ドイツ法において、違法性が阻却される4要件について引用されていますが、医療界の多数が問題視しているのは、日本では司法が違法性阻却の要件を明確にしていないことじゃなかろうか。

  1.当該治療が医学的に適応とされている。

福島事件での医療界と某弁護士の論点のズレは、ズバリこの冒頭の要件だということがなぜ理解できないのですかねぇ…。

No.111 惰眠 さん | 2008年7月 1日 09:04

>No.110 法務業の末席さん

明快な補足、ありがとうございます。
>だということがなぜ理解できないのですかねぇ…。
多分ですが「理解したくないから」だと思われます。彼の「匿名医療者コメント批判」の、事実認識における大前提が崩壊しますから

No.117 惰眠 さん | 2008年7月 2日 12:13

    医療系ブロガー・コメンテーターさんたちが主張されているのは,「医療ミスで医療従事者が刑事責任を問われるのは先進国では日本だけ」との標語のもとに,ドイツ法でも違法性が阻却され得ない医療ミスについてまで包括的に刑事免責すべきということであり,例えば,患者の取り違え等の場合でも刑事免責を主張されます。

え?????
それを執拗に言い張ってるのは小倉氏で、『医療系ブロガー・コメンテーター』は私の知る限り「誰もそんな主張をしていない」んですけどねえ。(以下、略)
にもかかわらず、私のコメントを公開しない理由は、ひとつしか考えられない。つまり、「医療系ブロガー・コメンターは、誰も(小倉弁護士の言うような)主張をしていない」と、矢部弁護士自身が信じていないからだろう。結局のところ、矢部弁護士は医療過誤(過失)についても免責を求めており、医療関係者もそれを望んでいるのだということを認めてしまっているのだ。もはや、あの場で不毛な議論……それは、小倉弁護士が「いったん認めると、要求が拡大する」といったものも含めてであるが……が終結することは期待できない。

過失を免責すべきだという主張には断固反対する。これは医療の質を下げる恐れはあっても、向上させることはないからだ。先にも例示したが、大半のトラックの運転手の働きすぎで事故を起こしやすいからといって、彼らを業務上過失致死傷から免責してやろうという動きが出ることはない。なぜなら、そのような施策は、事故を減らすことに何ら結びつかないどころか、事故を増やすおそれすらある。むしろ、報酬などの待遇を改善することで、運転手のなり手を増やすという施策をとるのが常識的な考えである。同じように、医療過誤を免責しても医療関係者の労働環境を改善することにはつながらない

私は、すべての医療関係者がこのようなおかしな考えを持っているとまでは考えない。身近な知り合いはいないが、妻の出産後に通った小児科の医師は信頼できる人であったし、上記のようなコメントを書いている人は、きわめて常識的な考えの持ち主のはずである。はっきりしたのは、矢部弁護士が、医療関係者の思いを一方的に決めつけてしまい、まともな議論を排除しようとしていることだ。矢部弁護士は、医療関係者が常識的な考えを持っているとは思っていないのだ。

良識的な医療関係者は、いますぐ矢部弁護士から離れるべきである。小倉弁護士が指摘する通り、医療関係者が、あの場で議論している限り、医療関係者が特権を求めているのだと非難を受けても仕方がない。むしろ、矢部弁護士の恣意的な誘導は、医療関係者を愚弄するものだということを表明する方がよいだろう。

※2008.7.10追記。厳しいエントリを書いたせいか、ふたつともコメントが公開されたようです。さて、私のコメントはスルーされずに、コメントが返してもらえるでしょうか。

投稿日時 2008年7月10日 1:17 投稿者 mohno : 0 コメント

違法でないことは何でもありなのか、および文章技術
池田信夫氏の「ダビング10 そもそもおかしい6つの疑問」(アスキー)に
ついて、少しコメントしてみることにする。このエントリは、先の文章技術の
問題という指摘への具体的反論という意味も込められている。どのような点が
反論なのかについては最後にコメントする。

ここで取り上げるのは、記事の2番目に書かれている「コピー制御を外すのは
違法ではないか」という段落である。ここで、デジタル放送の録画を実現する
フリーオは著作権保護手段として使われている信号を無視するだけなので違法
ではないと指摘されている。たしかに違法性があるとは思えないのだが、では
違法性がなければメーカーは何でもやっていいのだろうか。

この話を知った後、しばらくして携帯電話のカメラを思いついた。携帯電話の
カメラは撮影時に必ず撮影音が鳴る。これは、ボーダフォンがSH04という
カメラ付きの携帯電話を発売した時からの業界標準になっている。おそらく、
携帯電話のカメラは撮影音を鳴らせ、という法律はあるわけではないだろう。
しかし、携帯電話にカメラが装着されたら、好ましくない隠し撮り行為が横行
することも十分に考えられる。そのような判断をもって、メーカーの自主規制
という形で撮影音を鳴らすことにしたのだろう。

もし、ある携帯メーカーが「撮影音を鳴らすことは法的規制ではない」として
撮影音の鳴らない携帯電話を発売したらどうだろう。隠し撮りしたい人々には
売れるかもしれないが、同時に人々が隠し撮りされるリスクをばらまくことに
なるかもしれない。もっとも現実の携帯電話メーカーは、そうした行為で批判
を受けるリスクを負うことはないだろう。それこそ「携帯電話型の(携帯電話
ではない)デジタルカメラ」でもよいのだが、あくまで仮定の話をするなら、
そのような撮影音が鳴らないような携帯電話は問題が多いということで法規制
することになるかもしれない。その場合、小型のデジタルカメラを法規制から
外すことも難しくなり、巷には小うるさいデジタルカメラばかり、という状況
すら考えられる。

そう考えると、違法でないことを強調して、違法でなければ何でもありなのだ
という議論に持ち込むことは、必ずしもすべての人の理解を得られるものでは
ないように思う。いかがだろうか。

さて、本エントリのどこが文章技術なのかという話に移ろう。等幅フォントを
使っているのでお気づきだろうが、行ごとに同じ文字(35文字)で人為的に
改行している。さらに、各行をまたいで熟語や言葉が折り返さないよう書いて
いるのである。これは広告紙面のように限られた文字数で製品の紹介文を書く
ときに役立つ文章技術である。この他にも、指定した文字数で説明文を書くと
いうのも得意である。

もう一つの例として、昨年勤務先のイベントで作成した新聞を紹介しておく。
実際の紙面(PDF)は、このエントリのリンク先からダウンロードできる。
一部、原稿の提供を受けたものはあるが、すべての紙面は私が構成・執筆した
ものだ。ここでは、通常の新聞と同じように各段落ごとに決められた文字数で
均等割り付けを使わずに文章を書いている。その上で、行の先頭に禁則文字が
来ないようにしている。コラムなどは、最後の一マスまで使って書いている。

文章技術の問題などと言われると、このように過剰反応するので、くれぐれも
注意してほしい。(冗談です。念のため)

投稿日時 2008年7月9日 3:53 投稿者 mohno : 0 コメント

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